教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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右手峠(15)

★★★

右手峠(うてとうげ)の取扱説明書

美作北部の県境に一際存在感の薄い峠がある。県道智頭勝田線と呼ばれる主要路で、曲りなりにも県界を跨ぎ一桁県道という肩書を持っている。しかし左右を志戸坂・黒尾越えの両雄に挟まれている為か、大方のドライバーの眼中には無いに等しい峠道で、実際に平日の通行量は主要県道とは思えぬほど閑散としている。断っておくが当物件は旧廃道に乏しい期待薄の峠道である。右手峠はその期待値に違わぬつまらなさで見事に応えてくれる訳だが、どうしても当路線を取り上げない訳にはいかない必要に迫られた。その理由は他でもない黒尾峠の存在感を際立たせる為だ。脇役あっての主役だとすれば右手峠は名脇役として外せない存在で、肉じゃがのじゃがいもに相当する必要不可欠な具材で、それ無くして肉じゃがは成立し得ない。新旧道の比較も大事だが並走路線との対比もまた重要で、両者の相乗効果は計り知れないものがあるし、峠道に対する見方が大きく様変わりするかも知れない。本件はセンセーショナルな旧廃区に頼らないレポートが成立するか否かの挑戦であり、またマイナー道路が主役に成り得るか否かの試金石でもある。黒尾峠のスピンオフとして右手峠を成立させるべく、県道の今昔を余す事なくここに封じ込める。

 

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◆完全なる徒歩道サイズへと縮小する旧街道筋

経験上街道筋は唐突にこのような場面を迎える事が少なくない。入口から徒歩道サイズで完全に諦めさせてくれるのならまだ良心的で、大概は期待を抱かせつつある程度進ませておいて、どこかのタイミングで人畜のみが有効の小径へと切り替わる。それが重なると人間不信ならぬ街道不信に陥る。

そのパターンが繰り返されるようだといよいよ街道PTSDで重症化する訳だが、始めから期待をしない事でショック度を和らげる予防線を張っているから、引っ張り過ぎなければそれなりの落胆で済む。しかし1kmも2kmも進ませておいてから幅員が縮小した際のショック度は計り知れない。

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◆決壊箇所は補修されているも全幅の信頼は置けない

御覧の通り幅員が減少した山道は人一人の通行を許す。何だかんだ言って幅員1m前後を確保しており、山道筋そのものは途絶えてはいない。勿論物理的に単車の通行も叶う訳で、行こうと思えば更なる前進は叶姉妹である。但しこの小径の足元の半分は空洞になっていて、事実上崩壊している。

傾斜40度前後の斜面に残された路の幅員は二尺にも満たず、崖側の大部分は丸太で組み上げた応急処置に因るもので、全幅の信頼が置ける安全な路ではない。重心を法面側にかけての移動を試みるが、いつ何時崩壊しても不思議でない脆弱な路盤に重量物で挑むのは、無謀以外の何者でもない。

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◆幅員が1m有るか無いかの危うい区間を勢いで通過

しかしながらその無茶ぶりを承知で履行する確かな動機が僕にはあった。対岸に待つ幅員1.5mの路がおいでおいでと手招きし、誘われるがままについつい危険な綱渡りを敢行してしまった。徒歩道サイズの小径は割としっかりしており、焦ってハンドル操作を誤らない限り滑落する危険性は無いように感じた。

狭隘区を克服すると再び軽四一台分の山道が息を吹き返し、五尺〜六尺程度をキープしたまま下り続けている。そいつを見る限り徒歩道サイズの小径は街道筋に有りがちな幅員減少ではなく、路盤崩壊に因るものとの確信に至る。当山道は車道の可能性を多分に含んでいる。これが前進を躊躇わない動機だ。

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◆決壊箇所の直後に道幅は膨張するも気持ち狭い

路盤崩壊区より先は進入時より若干幅員が狭まって見えるが、それは朽ちた枝葉が堆積し斜面と同化しているからで、本来は露出しているはずの法面は完全に埋没している。新道に切り替わって100年超は経過しているから、必要最低限の保守ではこうなるのも仕方あるまい。

実態のみで言えば限りなく徒歩道サイズに近い小径ではあるが、僕は全く違う角度からこの山道を眺めている。鳥瞰図とまでは言わないが頭上の空間より本来あるべき幅員を割り出し、それを現状に照らし合わせながら精査している。そこから導き出されるのは人道以上車道未満の路である。

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◆緩やかな左カーブの先で丸太が無造作に転がっている

人畜のみが有効の江戸道にしては広く、また明治の馬車道にしては狭い。この微妙な幅員は僕が狙っている獲物に合致する。二度のカーブを曲がり終え、木々の隙間に見え隠れする現道が霞む程離れた地点でも、尚軽四がギリギリのサイズを保っている山道に、期待しない方がどうかしている。

純粋無垢な街道ウォーカーはその点に何等疑問を抱かないであろうが、最短距離を重んじ直登を辞さない江戸道が、山襞を横這いに進む緩勾配の路である点に多少の違和感を覚えると、面白さが倍加するのは間違いない。車両とは無縁の本当の江戸道を知った時、恐らく当路線は斬新に映るだろう。

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◆派生する歩道が認められる路肩の丸太は仕切り役

決壊区間を過ぎて幾らも進まぬうちに、早くも純粋に街道歩きを楽しんでいるだけなのか、それとも街道を踏査探求しているのかを問われる瞬間が訪れる。路肩に大小の丸太が埋め込まれた箇所が素人と玄人の分かれ道で、ナチュラルに直進した場合はズブの素人と言えるだろう。

一見すると路肩に埋設された丸太は、欠損箇所を穴埋めしているようにも映る。しかしそいつが最短コースと迂回コースを隔てる分岐点と気付くのにそれほど時間は掛らない。明治以前の峠道は車両の通行を一切考慮しないという大原則さえ知っていれば、誰でも瞬時に見抜ける難易度の高くない分岐点だ。

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◆斜面をジグザグ状で上下する人畜のみが有効の小径

上から覗くと細かいピッチで蛇行する徒歩道サイズの小径が認められる。10m有るか無いかの空間を小刻みに折れ曲がる九十九俺が山肌を上下している。そいつはほとんど斜面を直登しているに等しい。

直線的ではないものの人や牛馬が行き来するには十分な規格にある。恐らくこいつが右手峠最古の路、即ち江戸道に違いない。となると直進の路は何なのか?この時点ではまだ大きな事は言えないが、暫定車道に一歩近づいた事だけは確かだ。

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