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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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右手峠(5) ★★★ |
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右手峠(うてとうげ)の取扱説明書 美作北部の県境に一際存在感の薄い峠がある。県道智頭勝田線と呼ばれる主要路で、曲りなりにも県界を跨ぎ一桁県道という肩書を持っている。しかし左右を志戸坂・黒尾越えの両雄に挟まれている為か、大方のドライバーの眼中には無いに等しい峠道で、実際に平日の通行量は主要県道とは思えぬほど閑散としている。断っておくが当物件は旧廃道に乏しい期待薄の峠道である。右手峠はその期待値に違わぬつまらなさで見事に応えてくれる訳だが、どうしても当路線を取り上げない訳にはいかない必要に迫られた。その理由は他でもない黒尾峠の存在感を際立たせる為だ。脇役あっての主役だとすれば右手峠は名脇役として外せない存在で、肉じゃがのじゃがいもに相当する必要不可欠な具材で、それ無くして肉じゃがは成立し得ない。新旧道の比較も大事だが並走路線との対比もまた重要で、両者の相乗効果は計り知れないものがあるし、峠道に対する見方が大きく様変わりするかも知れない。本件はセンセーショナルな旧廃区に頼らないレポートが成立するか否かの挑戦であり、またマイナー道路が主役に成り得るか否かの試金石でもある。黒尾峠のスピンオフとして右手峠を成立させるべく、県道の今昔を余す事なくここに封じ込める。 |
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◆分かり難い梶並地区南側の県道7号線新旧道交点 県道357号梶並立石線との交点を過ぎると、程なくしてまとまった集落が現れる。そこが往来名にもなっている梶並である事を、旧道内に設置される現役のバス停で知る事になる。集落外れにある新旧道の交点は1m前後の段差が有る為、一発でそれと分かるには相応の経験値と注意力が必要だ。 他の集落とは異なり現道沿いに公共施設や一般住宅が極々自然な形で建ち並び、さもその昔から二車線の快走路が主役であったかの如し現道がナチュラルな線形を描いている為、通常のツーリングやドライブであれば南側の分岐点はスルーするのが当然の仕様となっている。 |
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◆軌道跡のような旧県道筋は見た目以上に狭い 現道と並走する形で梶並集落内へと通じる旧道筋は、元鉄道の線路跡ではないかと見間違うほどの狭隘路で、大型車一台とチャリ・歩行者の擦れ違いもままならないレベル小径だ。もしかしたら街道時代とほとんど遜色ないのではないか、そう思わせるには十分な究極の規格にある。 どこもそうだが市街地に入ると幅員は極端に狭まる。ここ梶並も例外ではない。住宅の移動は困難であるし、先祖代々受け継いだ田畑は極力削がれたくない。沿線住民それぞれの思惑が絡み合い道路の拡幅を限りなく困難なものとしているから、昔の面影を残している事例は少なくない。 |
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◆旧県道筋に佇むバス停も兼ねた古風なバスの車庫 それにしても梶並集落への導入部は狭く、この道筋をありとあらゆる車両が行き来していたのかと思うと少々首を傾げたくもなるが、事実その道の先には大型バスを格納出来る車庫があり、旧道筋の道幅一杯に大型車が往来していた事を疑う余地はない。また今も市営バスは日常的に旧道を伝っている。 日中の利用者が少ない時間帯はハイエースをベースとする小型車両を、朝夕の通勤通学の時間帯は大型車と駆使する、或いは津山駅や林野駅のようなターミナル直結便は大型車といった具合に、車両を使い分ける事で最適化を図っているようで、路線バスの運行はタクシー会社に委託されている。 |
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◆市営バスの終点である梶並は津山から1日3便が往来 地元のおいちゃん談によるとその昔は民営であったが、近年不採算路線を理由に業者が撤退した為、現在は市営バスが引き継ぐ形で公共交通機関が保たれているのだという。しかし朝昼夕の1日3便体制では心許無く、使い勝手が悪い事に起因する利用者減の悪循環スパイラルに陥っている点は否めない。 この辺りだと一家に2、3台は当たり前という自家用車が幅を利かせ、バスを利用するのは元々免許を持たないと学生か超の付く高齢者に限られ、80代でもマイカーで病院通いする者は珍しくないという。定年退職して村に帰ってきた者が若造と称されるというくらいであるから、僕なんかは青二才の小僧に等しい。 |
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◆バス停にJAにGSに公民館が密集する梶並の中心部 梶並の中心部には現役のガソリンスタンドがあって、その正面には農協と隣接するようにして建つ旧郵便局跡や役所の支所に公民館等の公的機関が集中し、一時代前であれば外界へ出ずとも全ての用がこの界隈で事足りたであろう現実を実感せずにはいられない。 勝田以降で営業する唯一のガソリンスタンドは、個人経営であればとっくの昔に潰れていても不思議でないが、JAの運営によって今日まで辛うじて持ち堪えているのだろう。結論から言うと峠を越えた先の智頭に至るまでGSはひとつも無いから、このスタンドは当界隈の生命維持装置に等しい。 |
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◆古い地図ではこの十字路が県道同士の交点となっている 元々鉄道が通じない僻地であるから路線バスが生命線であり、民間業者が撤退した後は赤字覚悟で市が運営を受け継いでいるものの、それだっていつまで持ち堪えられるか分からない。市の財源が減少一途の昨今どこもかしこも縮小を迫られ、いつ運行が打ち切られてもおかしくない状況にある。 その県道7号線を伝う路線バスは、今も昔もここ梶並が終点であったと地元のおいちゃんは語る。また終点の梶並停留所が置かれる車庫の目と鼻の先には十字路があり、そこがかつての県道7号線と県道357号線の交点であるとも。その十字路の角には重要な交点を指し示す遺構がひっそりと佇んでいた。 |
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◆十字路の角には大正時代に設置された道路元標がある 行き先が細か過ぎていまいち文字が読み取れないが、設置年だけは大正七年と刻まれている事から、大正8年に発布し同9年に施行された道路法、所謂旧道路法の前年に設置された一時代前の道標で、街道時代のものとは一線を画す代物だ。 立て続けに現れた年代の異なる道路遺構は、今も昔も右手越えの路が重要な路線であった事実を強く印象付けるもので、今日現在の肩書が主要一桁県道というのが単なる偶然ではない点を裏付ける物証として、道標の存在は大変貴重だ。 右手峠6へ進む 右手峠4へ戻る |