教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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犬畑峠(23)

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犬畑峠(いぬはただわ)の取扱説明書

旭川の源流にして県下最大の貯水率を誇る湯原湖は、今日現在中国地方最大の水瓶として広く知られる。その知名度は今や全国区で、ダム直下の川原に湧く天然の湯に入らんと、休日ともなれば観光客がわんさと押し寄せ、芋洗い状態になる事も珍しくない。背後の巨大建造物と天然温泉のコラボは、日本広しと言えども滅多に御目にかかれるものではなく、有り得ないシュチュエーションは一見の価値がある。だが中国地方最大の人造湖の魅力は温泉だけに留まらない。ほとんどの人は気付いていないが、実は道路史的に大変興味深いエリアで、湖底には難破船の金銀財宝に匹敵する御宝道が眠っている。その片鱗は方々に散らばっており、全てを白日の下に晒した暁には、湯原・蒜山界隈の常識が覆るのは必至だ。新見夏の陣で大捕物を果たした今、県下最大のラビリンスと言っても過言ではない湯原湖。その牙城を崩すのは有名無実の峠と呼ばれて久しい犬畑峠。初動調査から実に3年の月日が流れたが、現場では我々の想像を凌駕する展開が待ち受けていた。当レポートは将来的に潜水艦を導入するきっかけになるかも知れない希有な機会である事を付け加えておこう。

 

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無い!本来そこのあるべきはずの橋がナーイ!駅前に駐輪してあったはずのチャリが盗まれた時と同様に、僕はこの現況を瞬時に消化する事が出来ず呆然とその場に立ち尽くした。代替橋はないのか?現場の状況は僕の記憶にある線形とは大きく異なり、完全なる行き止まりのT字路と化している。

いつでも捜しているよ、どっかに君の姿を、向かいのホーム、路地裏の窓、こんなとこにいるはずもないのに♪ワンモアタイムワンモアチャンス状態に陥り現場で右往左往するも、現実逃避がいつまでも続けられはずもなく、やがて観念する時が来る。マジか?(←おせーよ!)

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対岸に佇む土台が僕の記憶違いでない事実を物語る。確かにここにはコンクリ製の橋が架かっていたのだ。最後に目撃したのは数年前であるが、完成して間もないピッカピカの護岸が直近の施行を主張し、現場にはつい最近まで橋梁が存在した生々しい痕跡が見て取れる。

藤森集落へと続くエスケープルートがあるので、それを伝って黒杭集落への入村は物理的に叶うが、その道筋はあくまでも山道とは無関係の一介の脇道に過ぎない。何とか対岸に取り付く方法はないものか?辺りをキョロキョロと見回す挙動不審者全開の僕の視界にトンデモナイ代物が飛び込んできた。

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もんげ〜!

何なんだこいつは?僕は悪い夢を見ているのだろうか、それとも誰かの悪戯か、はたまた般ピーを対象とするドッキリなのであろうか?いずれにしてもこれはちょっとやり過ぎジャマイカ?たった今僕が辿ってきた山道が県道ってか?まさかな。そげな事はあるまい。しかし一度も県道を名乗った事がない格下路線に果たして県名が刷られたデリネーターが設置されるであろうか?その問いに地元生え抜きの老婆が答えてくれる。

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今じゃ考えられないけど、この辺はね、かなり栄えていたんだよ。ちゃんと残っているのはあの一軒だけだけど、昔はここにもそこにも家があったんだよ。ちょっと前まで橋が架かっていてね、その先には酒屋もあったし、駐在所もあったし、郵便局もあったし、小学校もあった。みーんな湖の底に沈んでしまったけど、その跡が雨の少ない時期になると見れたりするの。その当時はこの山道が岡山へ通じる一番大きな道でね、バスも走っていたんだよ。

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岡山へ通じる一番大きな道

えーんど当時はバスが走っていた!

見てくれ、この最初からT字路であったかのように改修された山道の姿を。川を跨ぎどうにかこうにか対岸へ取り付いた僕は、T字路によって完全否定される対岸の様子を、湖寄りに現存する路の続きからまじまじと眺める。その交点はかつて十字を描いていた事実を疑う余地のない線形で、その記憶は僕の脳裏のみならず、聞き取りに応じてくれた婆ちゃんの思い出の中にしっかりと封じ込められている。

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今は亡き橋梁で十字の交点を突き抜けた山道は、並々と水を湛える湖の底へ繋がっているという。勿論当時は深い谷底を這い進みながらも陽の当る場所にあった。その道筋は遠く岡山市街地へ通じていたという。今その経路は年間のほとんどが水中に没している。

婆ちゃん談によると水没以前の道を辿る事は不可能であるという。但しかつて存在した一定規模の町並みが、渇水期に限り拝めるそうな。湖岸のどこかで行き詰まると承知しつつも、山道の限界点を拝まずにはいられない。物理的にヘナリワンの帯同は叶わなぬが、峠区を制しているのでそんなの関係ねー。

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婆ちゃんの言う通り沿道には少なからず人家が認められ、既に朽ちている家屋を含めれば、そこそこの数の住居が連なっていた事は想像に難くない。橋の撤去まで耕していたというキャベツ畑も、放置プレイで猪の独壇場となっている。

住民は市に橋の架設を陳情したそうだが、湖で行き止まる盲腸線に出す金は無いとの回答で、もう二度と行く事は無いじゃろと婆ちゃんは呟いた。梯子を外された山道の先に待ち受けるもの、それは出世レースから脱落した幹線の夢の跡であった。

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