教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

トップ>廃道>岡山>犬畑峠

犬畑峠(22)

★★★★★

犬畑峠(いぬはただわ)の取扱説明書

旭川の源流にして県下最大の貯水率を誇る湯原湖は、今日現在中国地方最大の水瓶として広く知られる。その知名度は今や全国区で、ダム直下の川原に湧く天然の湯に入らんと、休日ともなれば観光客がわんさと押し寄せ、芋洗い状態になる事も珍しくない。背後の巨大建造物と天然温泉のコラボは、日本広しと言えども滅多に御目にかかれるものではなく、有り得ないシュチュエーションは一見の価値がある。だが中国地方最大の人造湖の魅力は温泉だけに留まらない。ほとんどの人は気付いていないが、実は道路史的に大変興味深いエリアで、湖底には難破船の金銀財宝に匹敵する御宝道が眠っている。その片鱗は方々に散らばっており、全てを白日の下に晒した暁には、湯原・蒜山界隈の常識が覆るのは必至だ。新見夏の陣で大捕物を果たした今、県下最大のラビリンスと言っても過言ではない湯原湖。その牙城を崩すのは有名無実の峠と呼ばれて久しい犬畑峠。初動調査から実に3年の月日が流れたが、現場では我々の想像を凌駕する展開が待ち受けていた。当レポートは将来的に潜水艦を導入するきっかけになるかも知れない希有な機会である事を付け加えておこう。

 

DSC03333.jpg

終盤で猛威を振った激藪は急激に鳴りを潜め、代わって普通車でも通行可能な穏やかな道路が現れた。道路と言っても除草されただけの未舗装路に過ぎないが、今でも何者かの手によって定期的に刈り払いが成されている路は、何物にも代え難い安堵感に包まれている。

下界からやってきた者にとっては単なる行き止まりに過ぎず、ちぇっ!と下打ちして引き返すだけの終点でしかないが、源流点付近から川と共に藪漕ぎをしてきた者にとってそこは、砂漠の真只中で発見したオアシスに等しく、五体満足での脱出を約束された忘れ難い思い出の地となる。

DSC03331.jpg

現道と廃道の境界点が墓場というのが少々アレだが、大概の墓地は村外れに位置するので、こればかりは致し方がない。墓地に眠る者の末裔が今でも定期的に草刈りをしている御蔭で、こうして一息つけるのであって、子孫が途絶えればこの境界点も安住の地でなくなる可能性は否定出来ない。

現に僕はこの境界点さえ藪に没する日がそう遠くない現実を知る事になるのだ。この墓場はある一族のもので、墓石の数から集落の墓地は他にあるものと思われる。となると後継が絶える、或いは遠方へ引っ越すなどして定期的に通えないとなれば、自然と藪に呑み込まれる。

DSC03336.jpg

実際に食料を生産していたであろう沿道の田畑が、雑木林と同化するくらいに自然に還っているし、砂防ダムがある訳でもない河川敷を管理する意義はなく、管理者が居なくなれば放棄されるのが既定路線である。そうなると墓場以降の極上のフラットダートも、いつかは藪底に沈む事になるだろう。

そうなった時、普通車を平然と通してしまう安定感抜群の未舗装路は、この画像と共に我々に記憶される思い出の1ページとなってしまう。それがいかに勿体無く貴重であるのかは、ちょっと考えてみればよく分かる。植物が根付かずにいるこの管理されたダートこそが重要な存在なのだ。

DSC03337.jpg

藪に埋もれる廃道区間は経年劣化の末ににこうなるという点で貴重だが、それは現役時代の路とは似て非なるもので、朽ち行く過程の一断片を捉えたに過ぎない廃道は、好奇の眼差しで見る対象物としてはこれ以上ない代物であるが、そこから得られる現道像は想像の域を出ない。

対する現役の未舗装路は当時の状態を保っていると言っても過言ではない。砂利を継ぎ足し路面を均し雑草を除去する。こうやって人の手が常に介在する事で昔ながらの砂利道は保たれてきた。保守管理する為の道具は進化しても、メンテナンスのスキームは変わらない。

DSC03341.jpg

リヤカーに砂利を積んだ道路看護人がやって来て、そこかしこに出来た水溜りにスコップで砂利を投入し、レーキで平らに均したところを行き交う車両に踏んでもらう。道路看護人が請け負っていた仕事は土建業者に取って代わり、村人が率先して行った草刈等の道普請も、すっかり過去の風物詩となって久しい。

当山道に引導が渡されず、その後も継続的にメンテナンスが成されていたとしたら?という問いに、この短いダート区間は答えている。現在は交通量が皆無に等しく路の中央に植物が根付いているが、現役当時は現状と同等か限りなくそれに近い環境の路が犬畑峠を越していたのだ。

DSC03340.jpg

実際に今日の大型車の通行を許容する未舗装路の存在は貴重だ。蒜山側の起点付近も実用に耐え得る構造が保たれていて、実際に木材をしこたま積んだ大型車と僕は道中で擦れ違っている。廃道区間では到底実現不可能な現象であるが、起終点付近ではまだ当時の様子を具に捉える事が出来る。

これが舗装化されているとなると話は別で、現役時代を未舗装路で終えた路となると、やはり砂利道以外には有り得ない。臨場感溢れる当時の様子を再現するとなると、現役の未舗装路は欠かせない。それが僅かながら起終点のどちらにも残っている犬畑峠は、当時の交通状況をイメージし易い。

DSC03345.jpg

蒜山側では実際に峠道で大型車と擦れ違っているし、湯原側でもやろうと思えばやれる環境にある。例えばボンネットトラックで可能な限り突っ込めば、その絵面は限りなく現役当時の様子に近いものとなろう。

いつかはクラウンじゃないが、いつかはボントラで突っ込んでみたい犬畑越えの峠道は、とうとう湯原側の第一人家へと到達する。そこで古老軍団の核爆トークが炸裂する予兆を、この時の僕は全く感知出来ずにいた。

犬畑峠23へ進む

犬畑峠21へ戻る

トップ>犬畑峠に関するエピソードやご意見ご感想などありましたら一言どうぞ>元号一覧