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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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トップ>廃道>岡山>犬畑峠 |
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犬畑峠(21) ★★★★★ |
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犬畑峠(いぬはただわ)の取扱説明書 旭川の源流にして県下最大の貯水率を誇る湯原湖は、今日現在中国地方最大の水瓶として広く知られる。その知名度は今や全国区で、ダム直下の川原に湧く天然の湯に入らんと、休日ともなれば観光客がわんさと押し寄せ、芋洗い状態になる事も珍しくない。背後の巨大建造物と天然温泉のコラボは、日本広しと言えども滅多に御目にかかれるものではなく、有り得ないシュチュエーションは一見の価値がある。だが中国地方最大の人造湖の魅力は温泉だけに留まらない。ほとんどの人は気付いていないが、実は道路史的に大変興味深いエリアで、湖底には難破船の金銀財宝に匹敵する御宝道が眠っている。その片鱗は方々に散らばっており、全てを白日の下に晒した暁には、湯原・蒜山界隈の常識が覆るのは必至だ。新見夏の陣で大捕物を果たした今、県下最大のラビリンスと言っても過言ではない湯原湖。その牙城を崩すのは有名無実の峠と呼ばれて久しい犬畑峠。初動調査から実に3年の月日が流れたが、現場では我々の想像を凌駕する展開が待ち受けていた。当レポートは将来的に潜水艦を導入するきっかけになるかも知れない希有な機会である事を付け加えておこう。 |
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◆ 犬畑峠⇒土伏隧道⇒土伏トンネル もしもこの一連の経歴が事実であるならば、犬畑峠が現役を退いた大凡の時期が特定出来る。それは土伏隧道の銘板に刻み込まれた竣工年で、昭和30年というのがひとつの節目とみて良さそうだ。 藤森の古老は初代隧道の完成を昭和28年頃と言い、道路大鑑は昭和30年竣工と謳っているから、銘板と共にいずれも昭和30年前後という点で一致する。つまりこの藪道は昭和30年頃に第一線を退いたとの仮定が成り立つ。 |
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◆ 昭和30年頃に現役を退いた犬畑峠 最新版のツーリングマップルにも現道の如し平然と記載される峠道は、半世紀以上も前に戦力外通告を受けた退役して久しい幹線路であったと結論付けられる。敢えて幹線路と謳ったのは、現在の道筋が県道を名乗っているからだ。 県道322号中福田湯原線、これが土伏隧道を潜る路線の正式名称であるが、犬畑峠を越す道がその先代の可能性がある以上、一時代前の幹線路という見方は大きく間違ってはいないし、現在の役職をも上回っていたかも知れないのだ。 |
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◆ 藪底に埋もれる道路際の石垣に目を凝らすと、個々の石がこれまでに捉えた物よりも小さな石の寄せ集めで、一目で似て非なる石垣である事に気付く。それが道路際に展開する田畑の跡と理解するのに、それほど時間は掛らない。実際の所現場の状況は何が何だか訳が分からない。 目に映るものの全てが似たり寄ったりの藪塗れで、どこまでが道路でどこからが山林なのかが判然としない。しかしそれは藪に一切手を付けない状況下であって、草刈機で刈り払ってみると道路との境界線がはっきりすると共に、かつてこの辺りでは食料が生産されていた事が白日の下に晒された。 |
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◆ ここに至る過程で集落跡はおろか、たった一軒の人家さえ認められなかった事から、唐突に現れた廃田はこれより下界に住む者が通い詰めていたか、ここに居を構えていたかのどちらかで、いずれにしても風化して久しい藪に埋もれし遺構は、人々の営みが垣間見える貴重な存在である。 ここまで生活臭が皆無であった点を踏まえれば、下界の集落がもう目と鼻の先にある事を意味する。並走する河川と道路の落差がかなり縮まり、道路が崩壊していてもどうにかなりそうな感じだ。余程の事情がない限りヘナリワン共々困難区間の踏破を予感させる。 |
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◆ 藪は鳴りを潜めるどころか、ここに来て猛威を振い始めた。集落が近い事を悟った以上、僕にとってそれは最後の抵抗でしかない。思い返してみれば足元にマムシが潜む最狭区&かつてスズメバチの巣が頭上にあった最凶区を通過した時点で、完踏は約束されていたのかも知れない。 勿論それはチェーンソー&草刈機という飛び道具の恩恵があってこその話で、一歩前を行く草刈機が藪底で息を潜める毒蛇を退け、チェーンソーは長くなればなるほど危険因子が高まる廃道内の滞留時間の短縮に貢献した。この装備を以てすれば物理的に通行不能以外の箇所は何とかなりそうだ。 |
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◆ ここ犬畑峠はチェーンソー&草刈機を本格導入した物件として、道路調査史の記録にも記憶にも残るだろう。ほとんど使い物にならなかった中華製を足掛かりに、全幅の信頼が置けるマキタ製電動工具の導入は、手作業による過酷な労働に終止符を打つと共に、スピーディーな困難区間の踏破を実現させた。 手作業への拘りがないと言えば嘘になるが、かつて主婦層を苦しめた洗濯板&たらいを用いた洗濯という重労働は、洗濯機の登場により母親達を苦行から解放した。今回の措置はまさにそれに匹敵する革命的出来事で、犬畑事件として一部の限られた人々の間でひっそりと語り継がれるだろう。 |
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◆ 文明の利器は藪道の全てを白日の下に晒す事も出来るし、敢えて手を付けないという選択肢もある。TPOによって使い分けられる利点は大きく、藪道を意のままに支配出来るメリットは計り知れない。 終盤は敢えて藪を刈り払わなかった。結果意図的に藪底に身を潜める格好となった。何故そうしたのか?それは下界の終点と思わしき広場が、藪の隙間に垣間見えたからだ。遂に踏査困難区間の出口に達したのだ。 犬畑峠22へ進む 犬畑峠20へ戻る |