教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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犬畑峠(18)

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犬畑峠(いぬはただわ)の取扱説明書

旭川の源流にして県下最大の貯水率を誇る湯原湖は、今日現在中国地方最大の水瓶として広く知られる。その知名度は今や全国区で、ダム直下の川原に湧く天然の湯に入らんと、休日ともなれば観光客がわんさと押し寄せ、芋洗い状態になる事も珍しくない。背後の巨大建造物と天然温泉のコラボは、日本広しと言えども滅多に御目にかかれるものではなく、有り得ないシュチュエーションは一見の価値がある。だが中国地方最大の人造湖の魅力は温泉だけに留まらない。ほとんどの人は気付いていないが、実は道路史的に大変興味深いエリアで、湖底には難破船の金銀財宝に匹敵する御宝道が眠っている。その片鱗は方々に散らばっており、全てを白日の下に晒した暁には、湯原・蒜山界隈の常識が覆るのは必至だ。新見夏の陣で大捕物を果たした今、県下最大のラビリンスと言っても過言ではない湯原湖。その牙城を崩すのは有名無実の峠と呼ばれて久しい犬畑峠。初動調査から実に3年の月日が流れたが、現場では我々の想像を凌駕する展開が待ち受けていた。当レポートは将来的に潜水艦を導入するきっかけになるかも知れない希有な機会である事を付け加えておこう。

 

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現場はパッと見車道幅を維持している。大型車は流石に無理だが、普通車程度なら往来可の状態にある。それはあくまでも道幅に限った話で、左右の状況を精査したらまともな感覚だととても進む気にはなれない。左右共にいつ崩れてもおかしくはない急斜面で、時限爆弾を抱えているのは素人目にも分かる。

今この瞬間に路盤が崩壊しても不思議ではなく、その脅威に拍車を掛けるように弦を絡めた強烈な倒木が倒れ込み、僕の行く手を完全に塞いでいた。文明の利器であっさりと障害物を撃破したが、手作業であったら半日は要したであろう手強い案件で、不安定な足元と相俟って怖さこの上ない。

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見てくれ、この半車線残して逝ってしまった崩壊現場を。今やそこはミゼットでも片輪走行を強いられる修羅場と化しており、いつ崩れ去ってもおかしくない状況にある。撃破した障害の直後に待つ0.5車線路は、当山道全体がいつこうなってもおかしくはない未来図が映し出されている。

路の半分が綺麗さっぱり消失するその光景は、そう遠くない将来に単車さえ通り抜け不能の最悪のシナリオを予感させる。崩れるか否かではない。問題はいつ崩れるかの時間との闘いで、これまでに経験した事のない集中豪雨を浴びれば、一瞬にして壊滅するのは子供でも分かる話だ。

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近い将来大崩落が予測される直線区間は、かつて強固な石垣によって守られていたであろう事は、直後に待つ重厚な擁壁の存在からも察しが付き、かつては地上の壁面も道床側面にも石垣が配されていたであろう事は想像に難くない。それら全てが流出して久しく、現場にはその欠片さえ残ってはいない。

あれだけの崩壊であるから、ヘルメット大の石が踏み止まっている方が不自然で、広島の土砂災害にしても御嶽山の噴火にしても、1トンクラスの巨石が広範囲に散らかっている事実から、車道を破壊せしめるほどの激甚災害であれば、小さい石の寄せ集めで出来ている石垣など一溜まりもない。

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大崩落現場の先に待つ石垣の突端は唐突に途切れており、かつてそこには強固な石造物が連鎖的に組み上げられていた事を示唆する。杉等の木々を根付かせる事によって今以上の崩壊を防げる可能性はあるが、残念ながら崩壊斜面そのものに植林は成されていない。

逆に植林されている区間の山道は無傷に等しい。縦横無尽に張り巡らされた植林杉の根が、土砂の流出を完全に防いでいる。見上げれば天辺付近を除く幹のほぼ全てが枝打ちされ、ピッチが狭く密度の濃い樹林地帯の割に周囲は明るく、薄暗い森の中を彷徨っている印象はまるでない。

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むしろ現場はしっかりと管理されたハイキングコースと見間違うほどで、ジジババの集団や親子連れでも安心して通れる仕様にある。これが意図してそうなったのか、それとも偶然の産物なのかは分からない。ただ現実として大型車一台が楽に行き来出来る空間がそこにある。

いつ対向から木材を搬出するトラックが現れても不思議でなく、この空間に限ればその期待値が高まらない方がどうかしている。最早窮状を脱し安全地帯に滑り込んだとの解釈が出来なくもないが、現場はそれほど甘くはない。すぐにそれが叶わぬ夢である現実を思い知らされる。

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希望が絶望に変わる瞬間は遅かれ早かれ訪れる。僕の場合は周囲の観察や撮影等で若干のタイムラグがあるが、突破目的で矢継ぎ早に移動する場合は、もしかしてと淡い期待を抱く前に打ちのめされる。般ピー&般車では到底漕ぎ得ぬ藪の大海が、陸の孤島である現実を突き付ける。

現役の車道と見間違う良質な区間は、挑戦者を安堵させるには十分な環境であるし、そこそこ高度が下がっている点と相俟って、廃道から抜け切ったとの希望的観測を抱いたとしても何等おかしくはない。実際に僕も抜けたか?と思ったくらいであるから、一刻も早く脱出したい初心者ほどその期待値は高まる。

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しかし御覧の通り路上のほぼ全てが緑の楽園と化しており、ヘナリワンが完全に埋もれてしまう密度の濃い笹藪は、絶望感に打ちひしがれる挑戦者をロープ際へ追い込むには十分な威力がある。

確かにこの藪の心理的影響は大であるが、これが飴と鞭の鞭に相当する必要悪で、この後に待つ御褒美を盛りたてるための立役者である事に気付く者は少ない。この藪が鳴りを潜めた時、そこには宝石箱のような御宝区間が出現する。

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