教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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犬畑峠(17)

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犬畑峠(いぬはただわ)の取扱説明書

旭川の源流にして県下最大の貯水率を誇る湯原湖は、今日現在中国地方最大の水瓶として広く知られる。その知名度は今や全国区で、ダム直下の川原に湧く天然の湯に入らんと、休日ともなれば観光客がわんさと押し寄せ、芋洗い状態になる事も珍しくない。背後の巨大建造物と天然温泉のコラボは、日本広しと言えども滅多に御目にかかれるものではなく、有り得ないシュチュエーションは一見の価値がある。だが中国地方最大の人造湖の魅力は温泉だけに留まらない。ほとんどの人は気付いていないが、実は道路史的に大変興味深いエリアで、湖底には難破船の金銀財宝に匹敵する御宝道が眠っている。その片鱗は方々に散らばっており、全てを白日の下に晒した暁には、湯原・蒜山界隈の常識が覆るのは必至だ。新見夏の陣で大捕物を果たした今、県下最大のラビリンスと言っても過言ではない湯原湖。その牙城を崩すのは有名無実の峠と呼ばれて久しい犬畑峠。初動調査から実に3年の月日が流れたが、現場では我々の想像を凌駕する展開が待ち受けていた。当レポートは将来的に潜水艦を導入するきっかけになるかも知れない希有な機会である事を付け加えておこう。

 

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高さ1mに満たない小規模な石垣ではあるけれど、この細やかな配慮が道路の優劣を判定する際の決定的な材料である事は言うまでもない。石垣ひとつ認められない峠道が多々ある中で、ここ犬畑峠は想像以上に人の手が介在しており、多額の予算が投じられたであろう事は想像に難くない。

仮に山道建設への予算が思ったより投じられていないのであれば、それは地元資産家からの寄付や自らの労働力を投じる道普請によって成立したと思われ、官費民費のいずれにしても当山道の敷設への意欲は並々ならぬものが感じられる。有り余る擁壁群がそれを道行く者達に訴えている。

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意識するかしないかはその人次第だが、当山道に於ける石垣群は目に余るものがある。それは他に目立った道路遺構が見当たらないからなのかも知れないが、自然の山肌で一際異彩を放つ人工物は、興味有る無い関係無しに矢継ぎ早に視界に飛び込んでくる。

なにも足元に目を凝らす必要はない。ただ黙って進んでいるだけで、地上の石垣は否が応でも目に映る。そんな遺構は関係ないなっしー、この廃道地獄を脱出するので精一杯なっしー!という廃道踏査未経験のふなっしーも、終わってみれば石垣の道という印象が脳裏に刻まれるであろう事は間違いない。

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ガードレールやカーブミラー等の多彩な道路遺構があれば、それらに紛れて石垣という存在が埋もれてしまう可能性はある。しかし人工物が一切認められない山中で、紅一点に等しい石垣の存在を無視する事は、渋谷のスクランブル交差点という雑踏の中から変装した深キョンを探し出すよりも遥かに難しい。

ドロンジョに扮した深キョンが道端に立っていたら、死にかけの爺さん以外はまず反応するだろう。そんなものは見ていないと頑なに拒否るドライバーも中にはいるであろうが、ボッキンガム宮殿という生まれながらにして内蔵された嘘発見器だけは誤魔化しが利かない。

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道中に一体あるかないかの御地蔵様を見逃したというのとは訳が違う。切り割っただけの単なる岩壁とは異なり、当山道には幾何学模様を描く石の壁が散見される。それはまるで四大文明にみる古代遺跡のようで、明らかに人工的に積み上げられた石垣群を見過ごす方がどうかしている。

藪を掻き分けて進む際の目線でもある程度拾える上に、その足元や路の延長線上にある谷向かいに埋め込まれたものも合わせると、築き上げた擁壁の総面積は相当な規模になる。中には木端微塵に崩れ去ったものもあると思われ、そうなると石垣の森という感すらある。

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四六時中足元を監視している訳ではないので、道床側面の擁壁は見逃している箇所も多々ある。コーナーを廻って振り向いた際にその存在に気付くといった場面も少なくない。地上ではL字状にカットしただけの原始的な構造に映るが、その見解を嘲笑うかのように極めて文明色の強い山道と言える。

切り通しではほんの僅かな石垣の痕跡があるに過ぎず、それが当山道の過小評価に繋がっているが、後半戦の圧倒的な遺構群はその偏見を補って余りある。もうお腹一杯です御馳走様と言っても、そう簡単には許してはくれない。山道はこれでも喰らえ!とばかりに断続的に擁壁をぶつけてくる。

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この道が無くなったら死活問題と言わんばかりの勢いで、当路線のありとあらゆるウィークポイントを石垣でがっつりと固めている。まるで要塞の如しだ。ジブリ作品に欠かせない西洋の古城、それに負けずとも劣らない具材が我が国の至る所に眠っている事実は、もっと公になって然るべきだ。

この山道が単に山肌をL字状に削っただけの道ならば、とっくの昔に息絶えていただろう。最終的にバスの通行を許した宇津峠ではなく、その一代前の初代の車道通称三島道の如しズタズタに分断され、ヘナリワン帯同での突破など夢のまた夢という悪夢に僕は魘されていたに違いない。

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幸いにも当山道は今日現在も車両の進入を許し、こうしてオフロードバイクをその核心部へと迎え入れている。この行為を歓迎しているか否かは定かでないが、車道という性質上少なくとも車両の通行に対しゲラウッ!とは言わないはずだ。

ただ単車の通り抜けを許す余命は、そう長くはないかも知れない。そう思わせるには十分な大崩壊寸前のデンジャラスゾーンが、唐突に目の前に現れた。どうやら僕は最終便に間に合ったようだ。

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