教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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犬畑峠(13)

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犬畑峠(いぬはただわ)の取扱説明書

旭川の源流にして県下最大の貯水率を誇る湯原湖は、今日現在中国地方最大の水瓶として広く知られる。その知名度は今や全国区で、ダム直下の川原に湧く天然の湯に入らんと、休日ともなれば観光客がわんさと押し寄せ、芋洗い状態になる事も珍しくない。背後の巨大建造物と天然温泉のコラボは、日本広しと言えども滅多に御目にかかれるものではなく、有り得ないシュチュエーションは一見の価値がある。だが中国地方最大の人造湖の魅力は温泉だけに留まらない。ほとんどの人は気付いていないが、実は道路史的に大変興味深いエリアで、湖底には難破船の金銀財宝に匹敵する御宝道が眠っている。その片鱗は方々に散らばっており、全てを白日の下に晒した暁には、湯原・蒜山界隈の常識が覆るのは必至だ。新見夏の陣で大捕物を果たした今、県下最大のラビリンスと言っても過言ではない湯原湖。その牙城を崩すのは有名無実の峠と呼ばれて久しい犬畑峠。初動調査から実に3年の月日が流れたが、現場では我々の想像を凌駕する展開が待ち受けていた。当レポートは将来的に潜水艦を導入するきっかけになるかも知れない希有な機会である事を付け加えておこう。

 

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昭和初期の石垣

僕は石垣の専門家でないから思いっきり的を外している可能性もあるが、多数の歴史道と対峙してきた経験値からある程度の察しは付く訳で、石垣の形状によってこの道が辿った歴史なり背景なりを読み解く事は出来る。

まず間違っても当山道は林道の類ではない。パッと見はそこら辺の林道と何等変わらないが、林道に石垣を用いる事例は滅多になく、市町村道との併用林道という生活道でない限り、わざわざ石垣を設けるような事はない。

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理由は単純で林道は一般車両の通行を考慮していないからだ。崩れたら土を盛って均せばいいだけだし、雑草対策も必要最低限の処理に留まる。巨大な水溜りや少々の凹凸など日常茶飯事で、倒木や落石だって軽トラ一台分の隙間があればほったらかしだ。

作業車が行き来出来ればそれでいいと理由は至ってシンプルで、基本的に林道に不要な投資は成されない。四駆を以てしてもタイヤが空回りするほどの勾配であれば、そこだけコンクリを打設するといった対処療法で、前以て十分な安全対策を施そうという気はさらさらない。

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何故なら民間人の通行を想定していないからだ。山林組合や送電線の保守点検の作業員など入山を日常業務とするエキスパートが往来可能であればOK牧場で、倒木一本で立ち往生する一般道とは明らかに造りが違う。そこには野性味というか林道でしか味わえない独特のワイルド感がある。

山肌をL字状に削っただけでおしマイケルというシンプルな構造は、基本的に一般車両の進入を受け付けない。中にはプリウスで頑張っちゃうチャレンジャーもいるのかも知れないが、草ボーボーの明らかに一般道とは異なる得体の知れない路を目の当たりにして、ドライバーの多くは大人しく引き返す。

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ドライバーがこれはヤバイ!と本能的に察知するのは、人工物が何も無いというシチュエーションに我が身を投じた際の違和感で、路面は未舗装路で両サイドの草木も迫ってきてという辺りで急激に不安に駆られる。そりゃそうだ、普通の道路であればそんなん有り得ないのだから。

近年の真っ当な路であればどんなに寂しい場所でも、路面は舗装済で標識等の付帯設備は豊富にあり、どんな山奥であっても人工物を捉えないという事がない。ガードレールにカーブミラーがあれば保守点検で人の出入りがあると分かるから、単身であっても孤独感はかなり薄まる。

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しかし人工物が皆無となると、管理されている道か否かの判断は難しい。ただ単に草刈りを怠っただけなのか、それとも災害等で一時的に放置されているだけなのか、はたまた完全に放棄された道なのかが素人では判断が付かない。しかし人工物があれば風化具合から何となく察しが付く。

例えばガードレールが錆び錆びで一部が破壊されたままとか、カーブミラーの鏡面に罅が入っているとか、何等かの標識が掲げられていたであろう支柱だけが佇んでいるとか、管理されているか否かの判断材料になるが、目立った道路付帯設備が皆無となると素人では皆目見当が付かない。

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当山道でも何の情報も得られぬまま峠を越え、二度目のヘアピンカーブを迎える現時点に於いても、目立った道路付帯設備は視界に入っていない。10年前の僕なら何が何だか訳の分からぬまま突っ込んで、ひたすら脱出する事だけを見据え事に当ったであろう。

しかし今は違う。既に幾つかの情報が齎され、この道の属性をある程度把握出来ている。再び路面が緑一色に覆われんとする危機的状況に、般ピーは得体の知れない道と恐れ戦き後退りするかも知れないが、僕の中では期待値が上回りいい意味で後戻りする事が出来ない。

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当山道は最後まで見届ける必要があるし、この峠道にはそれだけの価値がある。僕には引き返す理由がない。そう強く思わせたのは他でもない石垣の存在だ。それが単なるきっかけに過ぎない事を、この時の僕はまだ気付いていない。

ヘアピンを挟んで向かい合う一本道の側面に石垣を捉えたのも束の間、今度はたった今降りてきた山道の側面に何かを捉えた。道路と谷底の丁度中間に位置する壁面に、人工物らしき物体があるのを僕は見逃さなかった。

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