教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

トップ>廃道>岡山>犬畑峠

犬畑峠(7)

★★★★★

犬畑峠(いぬはただわ)の取扱説明書

旭川の源流にして県下最大の貯水率を誇る湯原湖は、今日現在中国地方最大の水瓶として広く知られる。その知名度は今や全国区で、ダム直下の川原に湧く天然の湯に入らんと、休日ともなれば観光客がわんさと押し寄せ、芋洗い状態になる事も珍しくない。背後の巨大建造物と天然温泉のコラボは、日本広しと言えども滅多に御目にかかれるものではなく、有り得ないシュチュエーションは一見の価値がある。だが中国地方最大の人造湖の魅力は温泉だけに留まらない。ほとんどの人は気付いていないが、実は道路史的に大変興味深いエリアで、湖底には難破船の金銀財宝に匹敵する御宝道が眠っている。その片鱗は方々に散らばっており、全てを白日の下に晒した暁には、湯原・蒜山界隈の常識が覆るのは必至だ。新見夏の陣で大捕物を果たした今、県下最大のラビリンスと言っても過言ではない湯原湖。その牙城を崩すのは有名無実の峠と呼ばれて久しい犬畑峠。初動調査から実に3年の月日が流れたが、現場では我々の想像を凌駕する展開が待ち受けていた。当レポートは将来的に潜水艦を導入するきっかけになるかも知れない希有な機会である事を付け加えておこう。

 

DSC03159.jpg

◆蒜山側で唯一認められる旧道と思わしき真っ当な支線

土伏トンネルの前後にそれらしき道筋は見当たらない。現場検証を終えた直後に僕は藤森集落へと急行した。もしかしたら何等かの情報が得られるかも知れない。僕が該当する道を見落として可能性もあるし、鼻から相手にしなかった作業道も完全に排除出来ない。

あのトンネルは湯原ダムと同じ時期に出来たと思う。確か昭和28年頃じゃないかな。それまでは道らしい道は無く、途中まで延びていた林道も山を越してはいなかった。道が付くまでは人が入るような所ではなかった。

DSC03163.jpg

◆普通車でも行けなくない整備状況の未舗装路

土伏トンネルに旧旧道は存在しない!?

藤森の古老曰くトンネルに通じる峠道は、昭和20年代末まで影も形もなかったのだという。林道らしき道筋が延びてはいたが、それも蒜山側へは抜けていなかったそうで、地元民でも滅多に近寄らない場所であったようだ。

それが昭和25年頃から測量だの何だのとざわつくようになり、頻繁に工事車両が出入りするようになったのだという。今でもはっきりと記憶している理由は、普段は物静かな集落内をダンプが往来し始めたからだ。

DSC03164.jpg

◆道幅一杯に砂利が敷き詰められたフラットダートが続く

何等かの開発が行われれば数年間は環境が一変する。従って普段は日に数台の車両しか通らない集落内を、けたたましい爆音と砂煙を巻き上げながら、朝から晩までダンプが行ったり来たりしていれば、そりゃ記憶にも残りまさぁねぇ。という訳で土伏隧道の先代は存在しない可能性が出てきた。

僕が鼻から相手にしなかった作業道は、今では使われなくなって久しい古い林道なのかも知れない。その経路を頼りに車道を切り拓いたとすれば、当然そこに旧旧道というものは存在し得ない。土伏隧道そのものが藤森集落と蒜山とを繋ぐ最初の車道という事になる。

DSC03166.jpg

◆重機の存在によって現役路線である事が確定

地形図で確認するとトンネルの北西約1km弱離れた地点を、藤森と祝詞の間を結ぶ点線道が伝っているのが確認出来る。カーブの連続で高度を稼ぐ現在の路に対し、小径は限りなく直線に近い状態で抜けている。高低差100m超の急崖を直登しているという事は、どのような道かはある程度察しが付く。

その道筋が九十九折表記であれば食指も動くが、直登となると車道の可能性はほとんど無いに等しい。峠道の南側を現地にて慎重に精査しているから尚更で、机上で有無を判定しているのとは違って、直登車道となると暗坂を超越する車道でないと成立し得ないという現場の状況から否定せざるを得ない。

DSC03167.jpg

◆重機が置かれた膨らみを境に路面状況は一変する

仮にもしもそげな怪しい道があったとすれば、古老の口をついてとっくの昔に齎されているはずである。しかし藤森の古老はそんな事は一切話さなかったし、トンネル以前は真っ当な道が存在しなかったと言い切っている。なので昭和30年頃まで藤森と祝詞との間に車両を介した交流はなかったと結論付けられる。

現在の車道に干渉しない未知なる峠道の存在も否定出来ないが、人畜の背を介して交流が図られたであろう点線道の存在が認められるので、徒歩通行から車両通行にひとっ飛びに切り替わったというのも、昭和20年代末という時代背景からすれば有り得なくはない話だ。

DSC03169.jpg

◆植物の浸食を許すもダブルトラックが現役路線を主張

我々の癖として常日頃から徒歩道と現車道との間に、馬車道のような第三の路を求めてしまいがちだが、昭和30年代の我が国は徒歩移動が主流であった事を思えば、当該エリアに特別な違和感は覚えない。ただ僕にはそれに該当するかも知れない路に覚えがあった。

その道中にはスズメバチの巣があり、僕はアナフィラキシーショックを恐れるあまり、数年前に初動調査に乗り出してはいたものの、ほとんど手が出せずにいたのだ。スズメバチの巣さえなかったら・・・悔しいです!その山道と土伏隧道の峠道に直接的な関わりはない。

DSC03168.jpg

◆進めば進むほど藪密度が増す怪しさ満点の未舗装路

しかし二つの路にはある共通点があった。それはどちらも祝詞を通過しているという点だ。対象となる路はツーリングマップルの最新版にも記載される白線の峠道で、紙面には犬畑峠と刷られている。

その峠道の表記の仕方は白線の二重線で、一般車両が通行可能な市町村道もしくは林道のそれを彷彿とさせる。ところがその実態はそんな甘いものではなかった。それではこれより謎多き山道の中身をとくと御覧頂こう。

犬畑峠8へ進む

犬畑峠6へ戻る

トップ>犬畑峠に関するエピソードやご意見ご感想などありましたら一言どうぞ>元号一覧