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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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トップ>旧道>岡山>苦ヶ坂 |
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苦ヶ坂(4) ★★★ |
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苦ヶ坂(くがさか)の取扱説明書 この峠に魅せられ現場を訪れる者は後を絶たない。遠くははるばる関東圏から遠征するくらいであるから、余程この峠には人を引き寄せる何かがあるのだろう。かくいう僕も東京から遠征したくちで、今でこそ現場は目と鼻の先に位置するが、かつてはそう簡単に行けない彼の地にあった。それでも遠征先のリスト入りを果たしたのは、先駆者を奈落の底に突き落とした数々の伝説があるからだ。その多くはマイカーによるチャレンジで、挑んだ者のほぼ全てがヒーハー!と雄叫びをあげる難所で、そこはディズニーランドも真っ青の大人のアトラクションが展開しているという。そう聞けば行きたくなるのが人情というもので、事実二輪による挑戦にも拘らず、楽勝という訳にはいかなかった。流石全国区の逝かれ道である。その時の印象は単にハードな道で、それ以上でもそれ以下でもない。ただ歴史的背景に目を転じた瞬間?が三つ並んでしまい、突破が目的の当時の僕にとってこの難題は余りにも荷が重過ぎた。しかし道路格闘家のみならず道路交通史家としての経験を積み上げた今なら、苦ヶ坂を筆頭とするこの界隈の交通事情の包括的な解明は必至で、迷宮が迷宮でなくなる時が遂にやってきた。今宵ラビリンス苦ヶ坂の全てを白日の下に晒そう。 |
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◆ まだまだ行けるんちゃうん?そうやって妙な汗が出始めた自身を落ち着かせようとする行為は、我々人間が本来持ち得る本能が条件反射的に発動された結果であろう。確かに路面には四輪が刻んだと思わしきダブルトラックの片割れが見て取れる。しかしその轍跡はあくまでも右側の一本のみである。 本来左側にあるはずのタイヤ痕は藪に没しており、残念ながらその存在は判然としない。頭上の空間からして相変わらず棚田跡は続いているようだが、道路との境界線は棒で突っ突いてみないと何とも言えない曖昧さで、普通の神経では三差路より先の進入は極めて厳しいものがある。 |
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◆ それでも恐れを知らない10代20代の若者は、進行方向右側のタイヤ痕を頼りに前進を躊躇わないだろう。走り出しの頃の僕がそうであったように、行く手に幅員30cm前後の一本橋が立ちはだかったとしても、それは挑戦者に粛々と克服されていく単なる障害のひとつに過ぎない。 例え絶体絶命のピンチであっても、あらゆる手段を講じて障壁を乗り越えて行くのが若さであり、疲労を蓄積し難い或いは一晩で疲労を軽減する回復力こそが若さの象徴で、疲れを知らない無尽蔵パワープラス怖いもの知らずの10代20代のうちに、大胆な行動に打って出る事に異論はあるまい。 |
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◆ 同期の社会人がおっさんと呼ばれる世代になって分かる事だが、守るべき存在の出現によって行動は大幅に制限される。それと同時に青春時代に比し自身の体力がかなり落ちている事に気付く。老化現象と言えばまだ聞こえはいいが、寿命や余命を意識せずにはいられない明らかな劣化である。 経年劣化による衰えからは何人も逃れられないし、過ぎ去った時間は二度と戻っては来ない。それを強く意識すればするほど、今この瞬間の挑戦を躊躇うのは非常に勿体無い生き方である事が分かる。今日この場で激藪に怯んだ者が、5年後10年後にあっさりと障害を克服出来る可能性は低い。 |
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◆ 自身の体力が年々衰えるのに対し、藪は年を追う毎に容赦なく猛威を振う中で、我が身を取り巻く環境に劇的な変化が生じるか、余程の奇跡でも起きない限り人の行動パターンは変わらない。気力体力共にキープ出来れば万々歳、普通は以前にも増して脅威に対する抵抗感が増している。 黙っていても年々ヤル気が低下するのだから、いくらでもやり直しが利く若いうちに何でもトライする事は理に適っている。何事も挑戦は早ければ早いほど良いが、三十路四十路だからと悲観する必要はない。還暦の僕から見て今の僕は十分に若いし、80代の僕から見て還暦の僕はまだ若造の部類に属す。 |
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◆ 僕の場合はいくら足元の状態が判然としないからといって、それを理由に即時撤退する事は基本的に有り得ないし、20年後の自身の目線からはあってはならない背信行為だ。何故なら引き返した瞬間に壁を作る事になり、以後その障壁を乗り越えられる有用な手立ては、ほとんど持ち合わせてはいないからだ。 今この瞬間に諦めるという事は、その後かなりの高確率で克服不可能である事を意味する。これ以上の伸び代は無いに等しく、事態が悪化する事はあっても好転する事は期待薄である。だから絶対に諦める訳にはいかないし、その為には文明の利器を惜しみなく投じ、最適化を図るなど手段は選ばない。 |
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◆ 踏査の為とあらば重機すら用意する心構えであるが、どうやらこの現場にその必要は無さそうだ。草刈機やチェーンソーを持ち込むまでもないほどに、現場の状況は急激に改善する。ここに至るまでの過程が何だったのかと拍子抜けするほど、草藪は鳴りを潜め沈黙する。 代わって現れたのが砂利を撒いて間もない2m幅の路で、一旦は藪に没した後も山道は明確な車道規格としてそこにある。杉林に突入した山道に目立った轍跡は認められないが、四輪の転回場所と思わしき膨らみがある事から、ここまで車両が進入している事はほぼ間違いない。 |
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◆ しかも砕き石の白さが目立つ砂利道はまだ奥へと続いており、2m前後の幅員から車道の続きである事を疑う余地はない。視界前方は頗る明るく、このまま順調であれば頂上まで車道規格のまま上り詰めている可能性は大だ。 杉林に突入する手前で棚田跡は消滅するが、棚田が途切れた後も車道規格の路が存在するという事は、このまま四輪による峠越えが叶っても何等おかしくはない。この辺りで僕の期待値は大きく膨らむ一方であった。 苦ヶ坂5へ進む 苦ヶ坂3へ戻る |