教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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川面峠(2)

★★★

川面峠(こうもとう)の取扱説明書

川面峠、全く聞き慣れない峠だ。そりゃそうだ、我らがバイブルツーリングマップルに一度も掲載された例がなく、市販の地図の多くが未掲載であるから、般ピーは基本的にその存在を知る術がないのだから。僕も御多聞に漏れずつい最近までその存在には気付かずにいた。正確を期せば読者からの情報により既知ではあったが、今にしてみればそれは迷宮の入口に立ったに過ぎない。舞台となるのは広島県と鳥取県に隣接する新見市で、歴史道では未着手の空白エリアである。何故今日の今日まで手を付けなかったのか?それは新見最大の謎である九の坂が絡んでいるからだ。当時の僕では手に負えなかったし、強引に着手すれば食い散らかして終わったであろう。しかし今は違う。江戸道以上明治道未満の暫定車道の発掘に尽力し、数多の実績を積み重ねた事で機は熟した。これより川面峠&九の坂の二部構成で新見市街最大の障壁に挑むが、広島・鳥取・島根の各県が絡む壮大な物語が、岡山県の殻を破る突破口となる事を付け加えておかねばなるまい。

 

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◆田舎独特の雰囲気が漂う新見駅前ロータリー

トンネルある所に旧道アリの鉄則に従えば、国道182号線の九の坂トンネルに対する旧道は、当然その頭上を伝う山道となる。それに該当する路線が無いというのなら話は別だが、トンネルの真上を伝う峠道は確かに存在する。しかしそれは旧道ではないという。

現場は九の坂という峠名が冠され、トンネル名にも九の坂が用いられている事から、当初は現道と峠道が親子関係にあるものと信じて疑わなかった。しかし新見市民を名乗る読者からのタレコミで、真の旧道が現道と重ならない全く別の経路を辿っている事を知る。

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◆駅舎から直線的に延びる県道と十字で交わる主要県道

しかもそこは一部の愛好家から剣道と称される難所であるという。トンネルの上を伝う山道もなかなかパンチの利いた逝かれ道であるが、なかなかどうしてこれより辿る真の旧道も、般ピーにとっては侮れない存在であるというから楽しみジャマイカ。僕は峠道の起点を新見駅前とした。

城山公園から新見インター入口にかけての区間は、高架橋と片側二車線の幅広道で構成され、直線的に市街地を突き抜ける快走路は、誰がどう見ても後付けのバイパスである。仮にその路線が従来の路を拡張したものであったとしても、県道32号線を一跨ぎする高架橋の説明が付かない。

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◆新見駅を中心とする新見市街地の現在の路線図

やはりどこかに旧道があって然るべきと考える。その対象として妥当なのが新見駅前を通過する県道8号線だ。鉄道と並走して市街地を駆け抜ける県道の経路は、駅前が中心に世界が廻っていた時代の経路に最も相応しい道筋で、それは地図上でも然る事ながら現場の状況からもビンビン伝わってくる。

高梁川を挟んで並走する国道180号線と県道8号線が親子関係であるのは地図を眺めれば一目瞭然で、新見駅前ではその二本の路線を短い県道が結んでいる。県道199号新見停車場線がそれで、本来は新旧道の起点を揃えるべく現道の起点を高尾交差点にするのがベストであるが今更二郎である。

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◆高梁川に沿って並走する県道8号線には旧道臭が漂う

駅前の十字路を左へ舵を切ると、のっけから古風な人家が建ち並び古道臭が漂う。正確を期せばその多くが過去に何等かの商いをしていて、店を閉じて久しいのに看板が掲げられたままであるなど、昔の面影を今に伝えている建物が少なくない。そうした自宅兼の店跡が県道沿いにびっしりと軒を連ねている。

対岸は昭和から平成にかけての築浅物件が目立ち、古臭い建物はほとんど認められない。こちら側から見えない所に御屋敷町があるのかも知れないが、川沿いに旧家が建ち並んでいるのもそうだし、川と並走する真っ当な車道が認められるのは右岸のみである。

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◆鉄道と河川に挟まれた僅かな隙間を縫い伝う旧道筋

幅員は総じて普通車同士の擦れ違いを許す5〜5.5m幅を保っているが、センターラインを引くとドライバーにインチキ二車線とバレてしまう為、敢えて白線は引いていない。あとは一期一会ドライバー同士の譲り合いでよろしゅうたのんますという管理者側の意図が見え見えだ。

そうやって長い事ドライバー任せでやってきた様子が、右岸道路の随所に垣間見られる。大型車一台がやって来ただけで円滑な流れが滞る県道8号線筋は、他所様の庭先を一時的に拝借しないとどうにもならない場面が散見される。普通車同士の擦れ違いがやっとの狭隘区があるのだ。

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◆民家の壁に掲げられた広告がかつての本線と主張する

この三差路もトラックが来れば一発でアウトの狭さで、この道一本で賄っていた時代は度々ここでプチ渋滞が発生していたであろう事は想像に難くない。因みに角にある古民家の壁には今もペプシコーラの看板が掲げられており、この道筋が過去に一定の交通量を誇っていた事を物語る。

現在は忘れた頃に車両がやってくる程度で、朝夕のラッシュ時はどうか知らないが日中の通行量は疎らで、新見界隈を行き交う車両のほとんどがバイパスを利用する。それらをこの道が一手に引き受けていたかと思うと、往時は快走路しか知らない現代人の想像を絶する苦労があったのは間違いない。

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◆線形の改良が著しい二車線の快走路にぶつかる交点

やがて県道はインチキ二車線規格から本格的な1.5車線規格へと狭まり、本当に一時代前の本線なのかと疑念を抱き始めたあ辺りで、二車線の快走路にぶつかる。その交差点の歩道の造りを見る限り、本線と認めざるを得ない。

現在の線形は二車線路を軸に主従関係が成り立っているが、かつては二車線路の幅員が半分以下であったか、或いは存在しなかったかのどちらかであると、歩道に転用されて久しい旧道筋は語る。

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