教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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多和山峠(5)

★★★

多和山峠(たわやまとうげ)の取扱説明書

瀬戸内と日本海を結ぶ地味な国道313号線の道中で、最難所と言えば犬挟峠で異論はないと思われるが、それと双璧を成すとされる難所がある。それが真庭市と有漢町の市町界を隔てる多和山峠だ。僕は最近まで気付かなかった、峠名の多和が乢とイコールである事に。平仮名表記にして初めてそれを意識する事になるが、それが単なる思い込みでない事実を後に知る事となる。多和山峠は古くは峠山峠と表記され、上から読んでも山本山、下から読んでも山本山のキャッチフレーズ同様、上から読んでも下から読んでも峠山峠である事が調査過程で判明する。この衝撃の事実はロイター通信を介しアメリカ全土に発信され、全米を震撼させた。今でこそ誰もが発狂せずに済むように多和の文字が宛がわれているが、古来多和山峠は峠山峠が正式名称であり、漢字では誤魔化せても平仮名では誤魔化せない。たわやまとうげは読んで字の如し峠&山&峠と山深さを前面に押し出しており、多和山峠表記ではけして読み解けない難所である事を、昔の人は身を以て知っていたのだ。果たして峠を連呼する程の難所とはどのようなものなのか?その実態を白日の下に晒そう。

 

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◆狭隘区にも何気に低い石垣が認められる

多和山トンネルを核とする多和山新道が拓かれたのは、今から遡る事四半世紀ちょい前の昭和60年で、滑り込みセーフでギリギリ昭和新道の枠内に収まる現道は、高架橋やトンネルを駆使した全線二車線快走路で、竣成時期からしてもほとんど平成新道と呼んでも差支えない代物である。

法定速度+αで駆け抜けられる峠道は、ドライバーに難所を意識させないほど緩やかで、何の障害も無くノンストップで駆け抜けられる様は、今日の高速道路に準ずる高規格道路となっている。強いて欠点を挙げれば満足な歩道が見当たらない程度で、行き交う者の大多数には快適なドライブを約束する。

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◆山道は時折1.5車線から2車線に膨張する

逆にそれまで重責を一身に背負ってきた峠道は、通行者のほぼ全てにストレスを与える発展途上の道程で、改良の余地はあるがそれが途方もない箇所に及び、いくら改良を重ねても埒が明かない金喰い虫の山道は、抜本的な改修が成される事無く見切りを付けられた。

それは致し方ない事である。何せ山道は馬車道由来の車道としては出来損ないの路が起源なのだから。僕は紅葉橋のヘアピンカーブを目の当たりにした時、当山道が馬車道に端を発している事を確信する。あのようなコの字型の反転シーンは、近代の道路では規格外の部類に属す。

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◆カーブの膨らみを利した待避所を加わえた幅広道

内輪差を考慮すれば大型車一台がやっとの際どいカーブで、橋梁及びその前後は道幅が5.5〜6mと余裕はあるが、如何せん直角に等しいコの字型をしているものだから、大型車は山道の全幅を利する形でどうにか通過出来るのであって、例え軽自動車であっても対向車は一旦停止を余儀なくされる。

紅葉橋では大型車がくるりと反転し終えるまで微動だに出来ないのは、当山道を恒常的に行き交う者の間では暗黙の了解であり、対向車は余裕を持って相手方が過ぎ去るのを待たねばならない。そこを強引に割って入ろうものなら、どちらか或いは両方がガリガリ君になるのは不可避な情勢である。

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◆一瞬峠と勘違いする直線の切り通し

とても米露が直接衝突するクリミア情勢どころの騒ぎではない。遠くの有事より近くのU字工事という格言があるように、ごめんねごめんね〜と言って対向車や壁面と接触してでも先を急ごうとする悪質自己中ドライバーは、想像力の欠如で大型車の内輪差を全く考慮せずに紅葉橋へと突っ込む。

そうなるともうどちらも身動きが取れなくなる。大型車が一台いる時点で金魚の糞状態の車列の一団があるから、たった一台の暴走車によってただでさえ時間を要する峠越えが、余計に時間が掛るのだから迷惑千万この上ない。多和山峠旧道はそのような危険因子を多分に孕んでいる。

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◆切り通しは大型車同士の擦れ違いを許す6m幅を有す

コの字型のヘアピンカーブは、あくまでもプチ渋滞する可能性が高いデンジャラスポイントのひとつに過ぎず、軽自動車同士の擦れ違いさえ許さない離合困難箇所は、北房側の登り途中でも随所に散見される。この峠道は基本的に1.5車線と狭く、所々で対処療法的に肉付けしたに過ぎない。

そのような中にあって峠と勘違いするほどの切り通しは、その他大勢の拡幅区間とは一線を画す。センターラインは敷かれていないが、切り通しの幅員は6mに及び大型車同士の擦れ違いを許す。最狭区に比し実に2倍の道幅が確保され、そこだけはドライバーも気が緩んだに違いない。

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◆斜面を大胆に削って拡幅を試みた緩やかなS字カーブ

しかし膨張した区間はそう長くは続かない。じわりじわりと幅員を縮めながら、いつの間にや大型車同士の擦れ違いを困難なものにしている。1.5車線と2車線の違いがはっきりとしているならまだマシで、離合出来そうに見えるが実は物理的に不可能という場面が一番危ない。

日常的にこの峠を越えている者ならば、どこがヤバいポイントかを心得ているであろうが、この山道が現役バリバリの頃は、多和山峠のイロハを知らない部外者が昼夜を問わず行き来する訳だから、ヒヤリハットな場面は峠道のあちらこちらで見られたに違いない。

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◆小さな谷を埋め岩塊を砕いて敷設した馬車道

のらりくらりと山襞を丁寧に縫い繋ぐ山道は、ドライバーに少なからずストレスを与えていた訳だが、盛土によって小さな谷を埋め、障害となる岩塊を打ち砕き、深々とした谷には橋を架けるなどして、可能な限り障害を取り除いている。

これは江戸道では実現不可能な芸当で、遠巻きに登り詰める線形からしても、この峠道は馬車道である公算が大だ。その最たる根拠としては、当路線に代わる馬車道らしき旧道が見当たらないというのがある。

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