教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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多和山峠(3)

★★★

多和山峠(たわやまとうげ)の取扱説明書

瀬戸内と日本海を結ぶ地味な国道313号線の道中で、最難所と言えば犬挟峠で異論はないと思われるが、それと双璧を成すとされる難所がある。それが真庭市と有漢町の市町界を隔てる多和山峠だ。僕は最近まで気付かなかった、峠名の多和が乢とイコールである事に。平仮名表記にして初めてそれを意識する事になるが、それが単なる思い込みでない事実を後に知る事となる。多和山峠は古くは峠山峠と表記され、上から読んでも山本山、下から読んでも山本山のキャッチフレーズ同様、上から読んでも下から読んでも峠山峠である事が調査過程で判明する。この衝撃の事実はロイター通信を介しアメリカ全土に発信され、全米を震撼させた。今でこそ誰もが発狂せずに済むように多和の文字が宛がわれているが、古来多和山峠は峠山峠が正式名称であり、漢字では誤魔化せても平仮名では誤魔化せない。たわやまとうげは読んで字の如し峠&山&峠と山深さを前面に押し出しており、多和山峠表記ではけして読み解けない難所である事を、昔の人は身を以て知っていたのだ。果たして峠を連呼する程の難所とはどのようなものなのか?その実態を白日の下に晒そう。

 

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◆一服するのに丁度良い開放感溢れるL字カーブ

この峠道を一度でも越した経験があるならば、L字に折れ曲がるこのド派手なカーブが、きっちりと脳裏に焼き付いているはずだ。そこは頗る開放感に溢れ、車両を路肩に寄せて一服するには丁度良い適地である。また本格的な山岳道路と化す起点というポイントとしても印象に残り易い。

先の先まで見通せないトラバース区間が峠道の大半を占める中で、この巨大なL字カーブは遠目からでも全景を把握出来るという点で、貴重な存在である。一時的に狭まった旧道は、このL字カーブで再度膨張し、そこは曲りなりにも二車線幅を確保しており、大型車同士の擦れ違いを許す。

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◆L字カーブを曲がり終えた先に待避所が待つ

しかしながらL字カーブを曲がり終えた途端に幅員は狭まり、10数mの間をおいて待避所が待ち受けるといった有様で、オール二車線の現道に比し不安定さこの上ない。このように旧道はのっけから幅員の強弱を繰り返す訳だが、一時代前の規格をベースにしているからそれは致し方ない。

旧道は基本1.5車線で、待避所やカーブの膨らみを利して二車線幅を確保しているのは、後年の関係者の努力に因るもので、自動車の通行を考慮せずに開削した路である点を踏まえれば、現況も及第点と言わねば救われない。この道の管理に携わった者達は良く頑張っている。

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◆見渡す限り離合不能の緩やかな蛇行区間が続く

L字カーブを曲がり終えた直後の待避所を過ぎると、見渡す限り四輪同士が離合出来そうな箇所は見当たらない。緩やかに蛇行する山道の先には、突っ込んだが最期どちらかが延々と後退を強いられる極悪ロードが続くのみである。こういった場所では目力が物を言う。

昭和であれば安岡力也、平成であれば竹内力、この御二方がハンドルを握る黒塗りの高級車が対抗からやってきて、のこのこと前進出来る強者は、日本広しと言えどもなかなかいるものではございません。私達のDNAには黒塗りの高級車=危険と刻まれ、本能として回避する習性があります。

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◆蛇行区間のほぼ全ての壁面に石垣が配されている

彼太古の昔から黒塗りの高級車はデンジャラス、私は里歌ちゃんはニャンギラスと相場は決まっています。これはもう理屈ではありません。ならぬものはならぬと新島鵺も申しております。江戸時代は自動車なんかない!というのは、新島八重に言わせれば屁理屈以外の何者でもありません。

目は口ほどにものを言う、このような格言がある以上目力のみで対向車を後退させる事は科学的に十分可能です。例えそれが軽トラを操る竹内力であってもです。その点に関してましては近々適当なコピペ論文にてネイチャーで発表しますので、早急に割烹着を手配しておかねばなりません。

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◆突き出た岩塊を砕いて出来たと思われる垂直壁

はっきり言って僕は現役時代の多和山峠を知らない。従ってあくまでも現況を精査した上での憶測でしかないが、峠越えには最速でも現道の倍の所要時間を要したと思われ、平日の通勤時間帯や土日の昼間といったまともな交通量がある時間帯は、倍どころの騒ぎではなかったに違いない。

現道経由だと新旧道の交点同士を法定速度で駆け抜けて約5分、実際はもっと飛ばしているから3分程度で抜けられる。山道経由だと対向車と八合わないなど全てが上手くいって倍の10分、適度な対向車と安全運転に徹する一般的な走行であれば、15分はかかっていたであろう道程だ。

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◆真庭側の登り途中にある土建会社の資材置き場

同路線最大の障壁となる犬挟峠は、対多和山峠で全行程が倍の10kmに及ぶから、高低差を考慮しない単なる距離面でも、犬挟峠はこの峠道を圧倒している。但しそれは規模といった側面のみの比較であり、歴史的背景や交通史的にどうであったのか等のファクターを加味すれば、結果は違ってくる。

既にL字カーブ以降の複数の画像に、興味深い遺構が映り込んでいるのだが、賢明なる読者諸兄はお気付きの事と思う。そう、この峠道はかなりの部分で法面に石垣が配されている。それも工法も異なれば石の大きさも異なるバラエティに富んだ石垣群によって、この峠道は擁護されている。

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◆タイヤ大サイズの巨石を配した重厚な石垣

見てくれ、この巨石を宛がった重厚な石垣を。通常は個々の石が大きい物でもヘルメット大のサイズであるが、多和山峠にみるそれは、単車のタイヤと同等の巨石が宛がわれ、見る者を圧倒する。

運んだり積み上げたりラジバンダリするのを考慮し、通常はある程度のサイズに抑えるものであるが、この峠では容赦なく巨大な石が埋め込まれている。それが意図的か偶然なのかは定かでないが、ここの石垣が他と一線を画しているのは確かだ。

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