教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

トップ>旧道>岡山>十日乢

十日乢(5)

★★★

十日乢(とおかだわ)の取扱説明書

視界前方に待つ高台のピークまで上り詰め、そこから直ちに下りへと転じる車道に出会った際には、勾配の緩急や高低差の如何に関わらず、僕はいの一番に峠の存在を疑う。そこが行政界を隔てる領界線上にあれば尚更で、例えそこが名無しの峠であろうとも、そんな事はお構いなしだ。紙上に刷り込まれた峠名も大事だが、やはり現場が峠の形を成しているか否かが肝である。予てから津山市と美咲町の市町界を跨ぐ丘越えに等しい路を臭いと睨んではいたが、一体全体何が臭いのかはさっぱり要領を得なかった。しかし出雲街道を追及する過程で芋蔓式に出て来たのが、何とも得体の知れない古道筋であった。後々その峠道が当該エリアでは十日乢と呼ばれている事を知る。また歴代の地形図に描かれる事のないその峠道が、出雲街道と無縁ではない事も。恐らく当報告書を読み終えた暁には、誰もが水野晴郎と化すに違いない。いやあ道路ってほんといいもんですね!と。

 

DSC01960.jpg

◆橋梁はどこにでもある仕様で旧県道らしさは感じられない

このショボい橋が元国道の橋だと言ったところで、恐らく誰も信じないだろう。そりゃそうだ、この僕だって半信半疑なのだから。しかしこの橋梁が国道橋の根拠と成り得る幾つかの証拠がある。まず初めにおやっ?と思ったのが地元車両の行動パターンで、この橋と十日乢が無縁でない事実を僕は見逃さなかった。

どういう事かと言うと、乢を越してきた車両がこの橋を跨ぐシーンと、この橋を跨いだ車両が乢を越すシーンの両方を、僕は現場で目の当たりにしたのである。それは言われて初めて意識する程度の些細な動きではあるが、僕にはその流れが重要な意味を持っている様に思えてならなかった。

DSC01955.jpg

◆山添橋は昭和50年に架け替えられている

ほとんどの車両は県道159号線筋をきっちりとなぞる形で、亀甲と久米の間を行き来する。そうすると道中に三度あるT字路の交点全てで、信号機の指示に従わねばならない。下手すると全ての信号で一旦停止を余儀なくされる。ドライバーやライダーで赤信号による一時停止を好むものは稀だ。

出来る限り止まらずに走り続けたい、そう思うのが運転者の一般的な心理である。絶対に止まりたくないと思う人間は、図々しくもT字路の角にあるコンビニの駐車場を、擦り抜け禁止の但し書きを無視して平然とて駆け抜けて行く。そこまでの駄目人間とは言わないが、この橋を跨ぐ車両は同じ匂いがした。

DSC01958.jpg

◆橋梁の銘板には山添橋と刷られている

本来であれば打穴川を跨いだ先のT字路で、車両は信号機に捕まり一旦停止を求められる。そこでの停滞時間は僅か数分であるが、それさえも惜しいと思うドライバーは少なくない。乢から滑り降りてきたドライバーは、橋梁の先に待つ信号機の様子を見ながら、最善と思うコースを瞬時に判断し舵を切る。

交差点に滑り込んだ時点で青、もしくはこれから青信号に変わるというタイミングであれば、県道159号線筋を素直になぞればいいし、交差点の信号機が赤、もしくはこれから赤信号に変わるとみれば、県道筋から離脱し打穴川伝いの狭隘路を伝って、その先の信号機の無い橋を渡って時間を稼ぐのである。

DSC01979.jpg

◆山添橋を渡った直後に待つ待避所と思わしき膨らみ

即ち一部のドライバーは県道159号線と並走する狭隘路を伝って、無意識のうちに時間のロスを回避しているのである。彼等にとってそれは抜け道に他ならない。抜け道といえば真っ先に思い付くのが旧道だ。地元民だけが知っている裏道や抜け道が、旧道というパターンは珍しい事ではない。

信号だらけで遅々として進まぬ本通りを避け、信号機の無い旧道を爆走する車両は少なくない。仮に短橋梁を起点とする1.5車線路が県道159号線の旧道だとすれば、その道筋は旧国道との解釈が成り立つ。銘板に山添橋と刷られた小さな橋が、元国道橋である可能性は否定できない。

DSC01963.jpg

◆道幅は一旦狭まるも50mとせずに次の膨らみがある

橋を渡った直後に待つ大きな膨らみは、四輪の転回場のようにも見えるが、この狭隘路がかつての本線であったとすれば、その膨らみは待避所であり、またバス路線が設定されていたならば停留所跡という事も有り得る。兎にも角にも橋梁の先に待つ有り余る更地が、気になって仕方がない。

その大きな膨らみの目と鼻の先には、大型車同士の擦れ違いを許す交換所らしき余白が認められ、立て続けに現れる待避所のような膨らみが、益々以て旧道の可能性を示唆する。但し大型車一台の通行がやっとの狭隘路は国道らしさの欠片も無く、現場は一介の市町村道にしか映らない。

DSC01965.jpg

◆この十字路では何故か狭隘路が優先となっている

その印象に大きな変化がないまま十字路を迎える。ここでちょっとした異変に気付く。道幅は横断路の方が明らかに勝っている。しかし一時停止線があるのは横断線であって、狭隘路には停止線そのものが無い。どうみても横断路の方に優位性があるように思えるが、優先されるのは狭隘路なんである。

何故規格で勝る横断線が遠慮せねばならんのか、そう考えた時自ずと答えはみえてくる。パッと見は同じ市町村道レベルに映るし、実際の肩書も互いに町道であるはず。しかし優先順位は狭隘路>横断線となっている。これだけで確定するのは早計だが、当路線が一介の町道でない事だけは確かだ。

DSC01966.jpg

◆かなりお疲れ気味の色褪せた重量制限標識

見てくれ、この色褪せた標識を。擦れ具合が尋常でなく、元の色が何なのかほとんど判断が付かない。9トンという規制値だけははっきりと読み取れるが、円盤は初めから白かったのではないかと誤解を招くほどの見事な剥離っぷりだ。

このような標識を意図的に設置しようと思っても、なかなか出来るものではない。だとするとこの標識は何十年と風雪に耐え、そこに踏み止まっている事になる。いつからだ?その答えを農作業車を操る古老が答えてくれる。

十日乢6へ進む

十日乢4へ戻る

トップ>十日乢に関するエピソードやご意見ご感想などありましたら一言どうぞ>元号一覧