教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

トップ>旧道>岡山>十日乢

十日乢(2)

★★★

十日乢(とおかだわ)の取扱説明書

視界前方に待つ高台のピークまで上り詰め、そこから直ちに下りへと転じる車道に出会った際には、勾配の緩急や高低差の如何に関わらず、僕はいの一番に峠の存在を疑う。そこが行政界を隔てる領界線上にあれば尚更で、例えそこが名無しの峠であろうとも、そんな事はお構いなしだ。紙上に刷り込まれた峠名も大事だが、やはり現場が峠の形を成しているか否かが肝である。予てから津山市と美咲町の市町界を跨ぐ丘越えに等しい路を臭いと睨んではいたが、一体全体何が臭いのかはさっぱり要領を得なかった。しかし出雲街道を追及する過程で芋蔓式に出て来たのが、何とも得体の知れない古道筋であった。後々その峠道が当該エリアでは十日乢と呼ばれている事を知る。また歴代の地形図に描かれる事のないその峠道が、出雲街道と無縁ではない事も。恐らく当報告書を読み終えた暁には、誰もが水野晴郎と化すに違いない。いやあ道路ってほんといいもんですね!と。

 

DSC01481.jpg

◆集会所のあるサミットを機に路は下りへと転じる

道標が鎮座する一時代前の交点を過ぎても、県道はまだしばらくは緩やかな坂を駆け上がる。日当たりの良い高台には公民館がポツリと佇み、それを機に路は下りへと転じる。公民館の前後が坂になっているから、これもひとつの峠と言いたい所ではあるが、この程度の物件を拾い上げていたらきりがない。

分かれて間もない高清水越えの路は、既にかなりの高度を稼いでいる。それと比すれば県道159号線の滑り出しは、丘越えに等しい小規模な起伏に過ぎない。それでもママチャリで挑めばそれなりに太腿筋を刺激するし、一昔前であれば大八車も押しの助手を必要としただろう。

DSC01482.jpg

◆宮ノ乢を越してくる県道70号久米建部線との交点

ただ一般のドライバー・ライダー目線からすれば、県道151号線の開始早々に迎える起伏を峠と呼ぶには無理がある。上り坂が大敵のEVでも走行にはほとんど影響がなく、少なくとも舗装済の二車線という現状からは、国道53号線と県道70号線を結ぶ僅か1km強の区間を、峠とは言い難い。

青看に記されているように県道70号線との交点より先は、重複する路線の格上を表示するというルールに則って、県道159号線は主要県道の陰に隠れて沈黙を守る。直進左折共に県道70号線という表示に、一部のドライバーは若干戸惑うであろうが、過剰に反応しなければ自然と159号線筋をなぞる。

DSC01485.jpg

◆県道70号線との重複区以降は長く緩いダラダラ坂

直進する路は一時的に70番を名乗っているに過ぎず、線形そのものは打穴中を起点とする路の延長戦上にあり、左からぶつかってきた路がたまたま格上路線であったが故に、少々ややこしい事になっているが、それは戦後の路線再編による古くて新しい秩序で、その事を地元民でもほとんどの者が知らない。

明治20年に津山街道が完全なる馬車道として成立すると、ほぼ同時期に打穴中から北西に延びる路が主要路として頭角を現し、明治31年測量の地形図では打穴中で二手に分かれる路が、甲乙付け難い幹線として描かれ、出雲街道に次ぐ二番手候補の鍔迫り合いを演じているかのように映る。

DSC01486.jpg

◆十日乢を越える県道159号線はT字路を左折

その頃の宮ノ乢を越える山道、即ち今日の県道70号線筋は、県道一等に比して一回りも二回りも狭く、仮に明治年間に車両の通行を許したとしても、それは辛うじて人力車の通行を許す程度であって、細い二重線は打穴中より北西に走る路に比し、明らかに格下の存在である。

地形図上で両者の立場が同等となるのは、元号が昭和に変わってからで、現在のように逆転現象が起こるのは戦後の事である。今でこそ県道159号線は、県道70号線の陰に隠れて目立たないが、本来ならば県道159号線が前面に出るべきであって、少なくとも戦後しばらくは立場が逆であった。

DSC01487.jpg

◆打穴川を一跨ぎした県道は峠を目指し登坂を開始する

幾度となく繰り返される路線再編の歴史の中で、このような下剋上はけして珍しい現象ではない。その時勢に見合う路線が重要視されるのは至極当然で、県道159号線筋が幹線でなくてはならないそれなりの理由があるのだ。それが現在はお呼びでないというだけの事である。

県道70号線と県道159号線の重複区は2km前後と短い。今度の交点はT字路を直進するのが主要県道で、ターゲットは左折となる。従って県道159号線をなぞるには左へ90度折れ曲がる事になるが、これが意外にもT字路を直進する車両よりも、左折する車両の方が多い。

DSC01488.jpg

◆ママチャリだと立ち漕ぎしないと厳しい勾配の坂

道路の役職的には県道70号線が優先とされているが、実際の利用率でいえば県道159号線筋をなぞる車両が主要県道のそれを上回る。24時間交通量調査では違った結果になるかも知れないが、頻繁にこの道を利用する僕の視点では、明らかに県道159号線筋を辿る車両の方が多い。

T字路を左折した県道159号線は、山添橋を渡ると右に大きく弧を描き、緩やかな上り坂に差し掛かる。左手に見える稜線との高低差はみるみるうちに縮まり、道路と稜線が重なると同時に、県道は直ちに下りへと転じる。そのピークが市町界を隔てる行政界にしてターゲットの十日乢である。

DSC01489.jpg

◆津山市と美咲町の市町界を隔てる十日乢

十日乢、全く聞き慣れない峠だ。そりゃそうだ、歴代の地形図にその名が掲載された例が無く、当然それを原本とする市販のどの地図にも掲載されてはいない。そして地元民もこの峠の固有名詞については、残念ながら誰一人答えられない。

県道筋の第一波に比しこの第二波は、標高・高低差・峠の形状のいずれに於いても前者を凌ぎ、線形だけでも峠のそれと分かるが、それに箔を付けるのが行政界という純然たる事実で、何故地図上に峠名が記載されないのか不思議でならない。

十日乢3へ進む

十日乢1へ戻る

トップ>十日乢に関するエピソードやご意見ご感想などありましたら一言どうぞ>元号一覧