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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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トップ>旧道>北海道>若松峠 |
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若松峠(1) ★★ |
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若松峠(わかまつとうげ)の取扱説明書 若松峠、市販のどの地図を広げてもそのような名称は刷られてはいない。勿論国土地理院1/25000スケールも例外ではない。北海道の峠を網羅する三浦宏氏のリストからもその名を拾い挙げる事は出来ない。果たして若松峠なるものは実在するのだろうか?答えはYESだ、それも国道の峠である。恐らく多くの者が気付かぬうちに素通りしている。僕もその一人だった、ある古写真を見るまでは。トンネルあるとこ旧道アリ、若松峠は道路業界の原理原則を再認識させてくれる尊い存在で、日常的に行き来する道にも何がしかのエピソードが有る事を教えてくれる。また煮ても焼いても食えなさそうな雑魚も調理次第でどうにでもなる案件で、取り扱う者の腕が試されるデリケートな物件でもある。だが若松峠から目を逸らす事は出来ない。太櫓越へのトライアル的立ち位置から、道路業界に身を置く者として避けては通れない。今宵知らないようで知っている若松峠の今昔を徹底追求する。 |
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◆道道42号八雲北檜山線と国道229号線の交点 若松峠、そう聞いてピンと来たとしたら余程の北海道通だ。何せ若松峠なる表記を目にする機会がないから知らなくて当然、下手すると一生関わりが無くても不思議でない。しかし実の所そいつは我々の身近に存在する。道南方面では日常的に恩恵に授かっている可能性が大の“いつもの場所”でもある。 本土の人間が北海道を目指す時、大抵初めての者は外周をぐるりと一回りする。北の大地の大きさを体感するには打って付けの方法で、僕もそれに近い経路を辿ったのを思い出す。ツアー客は別にして独自プランを立てた場合、若ければ若いほど全道を走り倒すという衝動に駆られる。 |
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◆セイコーマートすら存在しない若松市街地の中心部 一週間から十日のタイトな日程で外郭をなぞるには、弾丸ツアーとなってしまうのは不可避で、海岸線をひたすら走り通す事によって坪とヘクタールの単位の違いを肌で感じる。帰還した者達がどうしても我慢出来ずに、北海道はデッカイドー!と言ってしまうのもその為だ。 海岸線を無心に走り通す荒業は今に始まった事ではない。古くは松浦武四郎を筆頭とする調査隊の十八番であったし、大陸めいた巨大な島のスケールを感じるには、外周というルート選定は当然の帰結と言える。その過程で人々は無意識のうちに若松越えをしている。 |
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◆田園地帯をほぼほぼ横這いに北上する国道229号線 御多聞に漏れずこの僕も幾度となく越えていた。これまでスルーしていたのは他でもない、トンネルあるとこ旧道アリの鉄則を置き去りにしていた為だ。若松峠はトンネルで抜けている。神経を尖らせ常にアンテナを張っていれば、ムムッ!ときたに違いない。しかし完全放置プレイで気にも留めなかった。 気が抜けている、ヤル気が感じられないと言われてしまえばそれまでだが、太櫓越を前にそいつは霞んで見えた。僕の視界に入らないくらいであるから、当然般ピーの知る所ではない。結果大多数の者がその存在を意識する事なく、今日の今日まで恩恵に授かってきたという現実がある。 |
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◆北檜山方面に低い稜線が立ちはだかっている 平成25年の太田トンネル開通を以て海岸線すれすれを伝う道道740号北檜山大成線が全線開通を果たし、以後海岸線をトレースする者は太櫓越を迂回するようになる。それは裏を返せばつい最近までほぼ全ての海岸線トレース組が、若松峠経由であった証左でもある。 君、若松峠越えたっしょ?と踏破者に尋ねたとしても、だな!と相槌を打つ者は百人に一人もいないだろう。ただ心当たりがあると応える者が少なからずいる。それがチャリダーだ。自身の足を駆動力とする彼等は勾配に敏感だ。チャリダーであれば経験則から現場を峠と疑る者がいても不思議ではない。 |
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◆チャリダー泣かせの緩やかな勾配の長いダラダラ坂 事実北檜山側から見ても若松側から眺めても、進行方向に低いながらも稜線が立ちはだかっているのが見て取れる。彼等は御仕置きだべ〜!と暴発を喰らったドロンジョ一行の如しヘロヘロになりながら、緩やかな登り勾配の坂に差し掛かる。その時彼等は何を思うだろうか。 美瑛の丘の如し連続性を持ったアップダウンの一つと捉えられなくもないが、長いダラダラ坂の果てに待つ同程度の下り坂のセットを以て、峠と認識する可能性は大だ。パスハントを趣味とするチャリダーは少なくない。峠越えに心血を注ぐ彼等なら真っ先に現場を峠と疑るだろう。 |
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◆歩道無きダラダラ坂の果てに待つ若松トンネル しかし表向きは何も出て来ない。全国に数多ある名も無き丘越えの一つに過ぎない。ただ頂上付近はトンネルになっているので、辛うじて名称及びその所在を掴む事は叶う。若松トンネル、そこから察して若松峠なるものが存在するのではないか?という仮説が成り立つ。 そこまで来ればしめたもので、あとは地元民に直接聞いてみるなり昔の地図を紐解いてみれば、真実に辿り着くのは時間の問題だ。現場が若松峠であると知るのに、大したエネルギーは要らない。素通りせずに地域住民とちょっとした会話をするだけで峠と分かるから、仮説の検証は容易である。 |
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◆意匠への拘り皆無の土管状態の若松トンネル坑口 問題はもう一歩踏み込んだ考察の検証だ。トンネルあるとこ旧道アリの鉄則に従えば、この山中のどこかに隧道開削以前の古道が眠っているはず。峠である事は分かった。で、トンネル以前の路はどこをどう辿っているのだろう?この疑問を解消するには、一定の時間と労力を要する。 大方はその時点でそれ以上の追及を断念せざるを得ない。忙しいリーマンも日本一周中のチャリダーも山中を彷徨う時間的余裕などない。彼等に若松峠のイロハを求めるのは酷というものだ。ここは間違いなく暇人の出番だーゼ〜ット! 若松峠2へ進む |