教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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礼文華峠(1)

★★★★

礼文華峠(れぶんげとうげ)の取扱説明書

猿留山道及び雷電山道と並び蝦夷地三大難所に数えられる礼文華山道。長万部から豊浦にかけて大小連なる複数の峠の総称で、それぞれが距離も高低差も難易度も異なる多様性に富む峠越えの中で、筆頭格にして総大将と目されるのが礼文華峠である。かつては死を意識するほどの恐ろしく逝かれた山道であったが、歴史道として再認識されて以降整備が著しく、今では尤も探訪し易い楽勝コースと化している。それが良いのか悪いのかは人それぞれであるが、存在自体がほぼ否定されたに等しい完全廃道時代から、有志による刈り払いが実施された浅藪時代を経て、ハイキングコース化した現在に至るまで武四郎宜しく向こう三度に亘り路の変遷を垣間見た僕なりの視点で、この峠の酸いも甘いも語り尽くす。

 

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◆峠道の起点となる国道37号線と道道608号線との交点

秘境駅が市民権を得て久しい昨今、室蘭本線の小幌駅は連日の大盛況で、遂には停車するはずの鈍行列車がホームで待つ乗客を置き去りにし、後続の特急列車が臨時停車して取り残された者を救出する騒ぎまで起きる始末。脚光を浴び過ぎたが故の珍事である。

JR北海道の失態は今に始まった訳ではないので、起こるべくして起こった事件とも言えるが、巷で噂される小幌駅廃止案で迫る賞味期限が更なる人を呼び、僕もその甘い蜜に誘われ般ピーに紛れる形で徒歩&汽車を駆使して、まんまと現地入りしてしまったのはここだけの秘密である。

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◆落石過多の危険箇所には覆洞を設ける事で対処する

廃止を望むJRと存続を望む町とが協議に協議を重ね、観光資源に成り得るとの結論から当分の存続が決まったはいいが、今しか行けない希少性が動機で慌てて訪れた者に言わせれば、かれこれ閉店セールを25年も続けている靴屋と同じで、廃止廃止詐欺とか廃止ビジネスで騙されたと訴えられそうな勢いだ。

小幌駅へのアプローチは、JR室蘭本線の各駅停車での乗降に加え、船による海上から上陸する方法と、国道脇から徒歩で急崖を昇り降りする手段がある。秘境度を満喫したいのであれば徒歩によるアプローチであるが、更なる秘境を求めて小幌駅とセットになっているのが本題の礼文華山道である。

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◆垂直壁直下の昭和新道を放棄し新たな快走路を新設

徒歩による小幌駅へのアプローチだけでも相当な運動量ではあるが、それで満足出来ない健脚向けに礼文華山道が用意される二段熟カレー仕様のツアーが人気だ。一日で全てを満喫するのは至難の業だが、一泊二日であればジジババでも命に別条はない無難なコース設定にある。

今日我々が空気の如し意識せずに平然と行き来するのが、高規格トンネルと高架橋を繋ぎ合わせた平成新道で、それ以前はトレーラー同士の洞内相互通行を許さぬ狭き洞門で難所を克服していた。北海道初上陸から今日に至る過程で、昭和道と平成道の国道の変遷を僕は自らの五感で体現する。

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◆礼文橋の先に稜線をぶち抜く礼文トンネルを捉える

それ以前の切替は今から遡る事半世紀も前の東京五輪の時分で、当然の事ながら僕はその頃の在来国道など知る由もない。秘境駅とのセットで売り出し中のジジババハイカー花盛りの山道、それが今回の舞台となる礼文華越えの峠道だ。現在の国道は鞍跨ぎの峠道から数えて三世代目となる。

ちょっと前まで使われていた昭和道は、大型車同士の洞内相互通行を辛うじて許すものの、はみ出しチャンピオンのトレーラー同士が八合った日には、どちらかが譲らなければ通り抜けが叶わぬトンデモ仕様にあった。同期である大岸峠のトンネル群がその醜態を今に伝えているのは周知の通りである。

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◆歩道は心許無いが道幅は十分なスペックの新トンネル

大岸峠の隧道群は距離が短いからまだいい。礼文華峠のそれは1kmに及ぶ長大トンネルであるから特殊車両のドライバーにとっては死活問題で、それを承知している行政としても新道の早期開通は急務であった。大型車は通しても特殊車両は通さない、これが昭和と平成トンネルの決定的な相違である。

高度経済成長期のトラック輸送の驚異的な伸び率は、列島全域のトンネル高規格化に多大なる影響を及ぼし、御多聞に漏れず礼文華峠にも隧道が穿たれた訳だが、それは当時の大型車同士の洞内相互通行を許しはしたが、残念ながら来る将来の大型化を見越したものではなかった。

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◆礼文トンネルを抜けた直後に礼文華トンネルを捉える

しかも洞内に歩行者やチャリや原チャが居ればたちまち流れが滞る残念な仕様にあり、いくらトラック協会やバス業界からの強い要請があったとはいえ、歩行者皆無が前提ともとれる歩道を省いた交通弱者無視に等しい設計は、先を見据えたものではないその場凌ぎ的産物である点は否めない。

かくて初代礼文華トンネルは平成10年を以て御払箱となった訳だが、礼文華隧道の存在価値がなかったのかと言えばそうではない。その逆で初代のトンネルは必要にして十分な役割を果たしたし、今日の高規格トンネルの成立は礼文華隧道の実績があっての賜物である点は誰もが頷くところである。

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◆延長が1kmを超える高規格の礼文華トンネル

九十九折の山越え道から一瞬で駆け抜ける新道への切替は、当時のドライバーにとって天と地ほどの差があったのは想像に難くない。多少の通行料を払ってでも新道を経由する価値があったと思うのは僕だけではあるまい。

昭和新道の隧道は塞がれ内部を窺い知る事は叶わない。また取付道は植樹され成長した木々が人の進入を激しく拒む。すっかり自然に還りつつある昭和新道、それとは対極的に探訪者が増加の一途を辿る先々代、両者が明暗を分ける今日の現状を一体全体誰が想像出来たであろうか?

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