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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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トップ>旧道>岡山>苦ヶ坂 |
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苦ヶ坂(1) ★★★ |
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苦ヶ坂(くがさか)の取扱説明書 岡山と広島の県境を跨いだ先に、東城という中規模の古い宿場がある。25km離れた新見との結び付きはその昔から強く、両者は国道並びに高速道路、加え鉄道によって強固なライフラインが保たれている。国道筋は後年九の坂経由に改められ、中国自動車道もその経路を踏襲しているが、鉄道は今も昔も変わらず川面峠の直下を潜り抜けている。かつてその頂上には川面峠停留所なるバス停が置かれていたが、一部の地域住民は断崖の峠道今も苦ヶ坂と呼ぶ。何故一本の峠道に異なる呼称があるのか?その疑問と対峙した際に思い出されるのが峠道の道中で捉えた旧街道で、のっけから草木に覆われているその古道筋なくして新見界隈の交通事情は語れない。その道が最古の峠道ではないのか?単なる江戸道である可能性は高いが、そこは行ってみなけりゃ分からない。ラビリンス九の坂最終章にして最難所の峠に、いざ捨て身の覚悟で挑む。 |
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◆ 初動時から怪しいと踏んでいた分岐点がある。読者諸兄の記憶にも新しいフードショップヨシダが角に構える五差路がそれだ。新見駅前を発った県道8号線は、この五差路にて左45度の角度で折れ曲がり、第四東城街道と刷られた伯備線の鉄橋をアンダーパスする。 その道筋が国道182号線の旧道、所謂旧国道で、現在は新見日南線を名乗る主要県道のポストに就いている。だがこの五差路の線形に僕は大いなる違和感を覚えた。というのも現在は新見インターへの直通路としてすっかり板に付く二車線が、以前は全く違った様相を呈していたと線形が訴えているからだ。 |
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◆ 交点には縁石・車止め・標識の三点セットによって、歩道ですよと主張する膨らみがある。そいつが後年の改修で登場した新米であるのは火を見るよりも明らかで、それが二車線路の向こう側に非対称で存在する事から、以前はこの交点を直線的に突き抜ける、もしくは左折するかの二択であったのは間違いない。 新見駅前から見て直進か左折の二択の交点という事は、つまりその昔は三差路であったという事だ。正確を期せば交点には一本の生活道路がぶつかっているので、高速道路が開通する以前は四差路という事になろうが、主要路という視点で言えば三差路という姿が浮かび上がる。 |
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◆ フードショップヨシダの五差路で左に折れ曲がる線形はどこか不自然で、道なりに真っ直ぐに進んで下さいと指示されたドライバーの半分近くは、この五差路を直進するはずである。変則的な十字路につき多少の戸惑いはあるであろうが、真っ直ぐという条件下であれば二車線の快走路を素通りするはずだ。 そう、この真っ直ぐというのがキーポイントで、僕自身は五差路で左斜めに折れ曲がる事に若干のストレスを感じた。それは直進の路があるにも拘らず、何故それを回避せねばならないのかという疑問が生じた為で、それは日夜道活に励む者同士であれば誰もが感じるであろう共通認識であると考える。 |
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◆ 昨日今日道活を始めたばかりのド素人であれば、何の違和感も覚えずに二車線の快走路に呑み込まれてしまうのかも知れないが、長年新旧道の交点を見極めてきた者ならば、直感的に臭いと感じる難易度の低いポイントで、交点を過ぎた直後に待つ石碑が当り!と言っているように思えてならない。 そいつは道祖神でも道標でも馬頭観音でもないが、古くからそこに鎮座する史跡のひとつであるのは間違いなく、古道臭は完全に掻き消されているが、この存在により古道筋の可能性は大いに有り得る。それが直ちに川面峠の旧道に直結する訳ではないが、僕は既にこの時点でかなりの手応えを感じていた。 |
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◆ 但し五差路を過ぎた先に待つのは古道とは対極にある新興住宅地で、建って間もない築浅物件が乱立する住宅街の真只中で、僕は路頭に迷った。道跡を完膚無きまでに掻き消された現況は、全く以て峠道の道中にぶつかってくる小径と重ならない。ってか誰がどう見たって全然別物である。 合っているのは方向性だけで、ビジュアル的には大いなる問題を抱えている。果たしてこれが人馬の通行のみを許した最古の峠道が上書きされた結果なのであろうか?幅員が江戸時代の何倍にも膨れ上がった上に近代設備で武装する舗装路は、どうやっても江戸道には結び付かない。 |
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◆ 早くもこの時点で江戸道説に対する懐疑的な見方が大勢を占めているが、山林で道が有耶無耶になるとか、ブル道で終焉を迎えるといった決定的な駄目出しでもない限り、後退は有り得ない。五差路の線形が辛うじて今の僕を支えているが、住宅地を抜けた先の田園風景は更に絶望的で、泣きっ面に蜂である。 辺りを360度見渡しても古道らしき道筋は見当たらない。あるのは大型車一台の通行並びに普通車同士の擦れ違いを許す極々一般的な4m道路で、古道が下敷きになっているとは到底思えない容姿である。しかしそれが大幅な地形改変に因るものであると、ずっと後になって気付く事になる。 |
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◆ 道なりに進むとT字路にぶつかり、路は左右二手に分かれる。右は九の坂方面へ向かっているので、ここでの選択肢は左しかない。完全に二択を迫られているので道標のひとつでもあって然るべきだが、交差点には何も見当たらない。仕方なく左へ舵を切るが、その先には典型的な田舎道が待っている。 この場面からは想像すら出来ないが、僕等は後々これが一本道である事に気付かされる。直感的に思った五差路を直進との判断は間違っていなかったのだと。その事をはっきりと認識するには、もう少し駒を進めねばならない。 苦ヶ坂2へ進む |