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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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トップ>旧道>岡山>多和山峠 |
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多和山峠(1) ★★★ |
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多和山峠(たわやまとうげ)の取扱説明書 瀬戸内と日本海を結ぶ地味な国道313号線の道中で、最難所と言えば犬挟峠で異論はないと思われるが、それと双璧を成すとされる難所がある。それが真庭市と有漢町の市町界を隔てる多和山峠だ。僕は最近まで気付かなかった、峠名の多和が乢とイコールである事に。平仮名表記にして初めてそれを意識する事になるが、それが単なる思い込みでない事実を後に知る事となる。多和山峠は古くは峠山峠と表記され、上から読んでも山本山、下から読んでも山本山のキャッチフレーズ同様、上から読んでも下から読んでも峠山峠である事が調査過程で判明する。この衝撃の事実はロイター通信を介しアメリカ全土に発信され、全米を震撼させた。今でこそ誰もが発狂せずに済むように多和の文字が宛がわれているが、古来多和山峠は峠山峠が正式名称であり、漢字では誤魔化せても平仮名では誤魔化せない。たわやまとうげは読んで字の如し峠&山&峠と山深さを前面に押し出しており、多和山峠表記ではけして読み解けない難所である事を、昔の人は身を以て知っていたのだ。果たして峠を連呼する程の難所とはどのようなものなのか?その実態を白日の下に晒そう。 |
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◆峠道の起点となる県道49号高梁旭線との交点 峠山峠 上から読んでも山本山、下から読んでも山本山のキャッチフレーズで、すっかり市民権を得て久しい山本山に対し、峠山峠という名は今の今まで聞いた例がない。少なくとも本件に着手するまでは、その事実を全く知らずにいた。 岡山界隈では峠を乢と称する事例が少なくない。従って言われてみれば峠を連呼している事に納得するのだが、多和という当て字が乢に結び付かず、たわやまとうげと発音しているにも拘らず、今日の今日まで気付かなんだ。 |
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◆ママチャリでも何とかなる緩やかな勾配で駆け上がる 問題の場所は県央に位置する山深い地域で、飛び抜けて高い山は見当たらないが、大波小波を打つ低山が幾重にも連なり、部外者ながらも平地の希少性を感じずにはいられない。猫の額ほどの土地であっても更地とあらば開墾し、田畑としているほどに平地には恵まれない。 国道313号線の最難所と称される犬挟峠は、鳥取側が急崖に阻まれ県境の高低差が著しく、前後の土地の標高差が激しく乖離している事で、誰もがパッと見で難所と理解出来る訳だが、峠の前後は共に広大な大地が広がり、土地が有効活用出来る点で両者は対照的な立場にある。 |
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◆現国道は峠を延長735mのトンネルで克服 多和山峠の現道はママチャリでも何とか越せるレベルにあり、真庭側からの登りは少々きついが、日頃の鍛錬無しでの一発勝負とかでない限り、サイクリストなら余裕で越せる緩い峠である。その証拠に峠の前後共に登坂車線を備えてはいない。車種を問わず楽々と登坂出来る証しだ。 現道は大型車同士の擦れ違いを許す二車線の快走路で、峠はトンネルで抜けている。その容姿は昭和の香り漂う無機質な量産タイプで、土管を輪切りにしたようなマスクの最新のトンネルとは一線を画す。延長は1kmに満たない735mで、長くもなく短くもない中途半端な長さだ。 |
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◆トンネルを抜け出た瞬間に茶屋がある 多和山トンネルがいかにも昭和と思わせるのはそのスペックで、歩行者やチャリの通行を全く考慮しない設計にある。最新のトンネルの多くは初めから歩道を備えるが、高度経済成長期に産声を上げた多くのトンネルが、車両同士の相互通行に重きを置き、歩行者や自転車組の交通弱者の声は黙殺された。 今のように社会が成熟している訳ではなく、発展途上にある段階では勢いが重視されるから、開通当初はそれほど問題にならなかったにせよ、今日の今日まで歩行者対策を講じないのは、行政の怠慢と言われても仕方がない。今日現在チャリも歩行者もかなり怖い思いを強いられている。 |
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◆峠道の着地点となる県道78号長屋賀用線との交点 単車でもスクーター等のミニバイクは、背後から四輪に突っつかれるから、短いようで長い中途半端な延長と相俟って、交通弱者が抱く多和山トンネルに対する印象は良くない。今更歩道を備えてどうすんの?という管理者側の主張も分からなくもない。何故なら多和山峠には旧道が存在するからだ。 恐らくトンネルを含む新道が開通した際には、交通弱者は旧道を利用するという暗黙の了解があった。確かにそれは理に叶っている。四輪のほぼ全てが新道を経由し、静かになった旧道なら安心安全な通行が約束される。但しそれは大幅な距離損との引き換えが大前提となる。 |
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◆県道78号線との交点を過ぎると妙な青看を捉える かつての日本はのんびりとしていた。今の時代からすると、まるでスローモーションのような世界だ。誰もがゆったりと流れる時間を遅いとは感じなかったし、ゆっくりと流れる雲に向かって遅いっ!と切れるのは、児玉清氏くらいのものであった。それくらいスピードとは無縁であったのだ。 その時代であればのらりくらりと山肌を駆け上がる山道に対し、誰一人文句を言わなかったはずだ。峠越えの方法に選択肢が無いのだから、黙ってそれを受け入れるしかない。比較対象となる道が存在しない時代は、誰もが鞍跨ぎの山道の上り下りを余儀なくされる事で、ある意味調和がとれていた。 |
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◆旧道の起点となる国道313号線新旧道交点 だが新道の竣成によって亀裂が生じる。峠を行き交う者は持つ者と持たざる者の二派に分かれ、両者の間に確執が生まれる。一報はスピード時代を謳歌し、一報は勝者に脅かされる事になったのだから、看過できない由々しき事態である。 弱者の耳には安心安全が約束される旧道へどうぞ!という囁きが聞こえるが、時短が叫ばれ忙しくなった現代社会に於いて、旧道経由で通勤通学する暇人はいない。別名峠山峠と称される山深いルートを好き好んで走る者など皆無に等しい。これより現代人が敬遠する旧道筋を探訪する。 多和山峠2へ進む |